放課後、空き教室で






『み、つい...せんぱ、い...まっ...』

「悪ぃ、もっかい...」




三井先輩に2度目の告白をした私は、三井先輩の返事も聞けないまま、ただ、繰り返される口付けを黙って受け入れていた。けれど、このキスの意味が知りたくて私の指に絡んだ三井先輩の指を握りしめる様に指に力を込めていく。これじゃ、前の、ただキスをするだけの関係と変わらない。"誰でもいいんだよ"なんて、以前聞いた三井先輩の言葉がやけに頭に浮かんで、思わず瞼を薄く持ち上げて三井先輩を見つめると、同じく瞼を薄く持ち上げていた三井先輩の瞳と目が合った。ドキッとしながら、私が眉を小さく寄せると三井先輩の唇が私の唇から微かに離れる。少しだけ荒くなった三井先輩の吐息が顔にかかって、バクバクと身体を揺さぶるほど煩く鳴った心臓の音が更に速度をあげて鳴り響く。左右の瞳で間近にある三井先輩の瞳を見つめると「山田」と少し掠れた様な三井先輩の声が聞こえて、思わずゴクッと生唾を飲み込んだせいか『は、い』と上擦った様な声が口から漏れた。三井先輩は、私から少し距離を取るように後ずさって「あー...」と言ってからバツが悪そうに私から瞳を逸らすと、溜め息を吐きながら頭を項垂れる様に顔を下に向けていく。その仕草の意味を考えて、期待していた何かが崩れた様な、そんな気がした。ズキッと押し潰されそうな胸と、ほら、やっぱり。と期待した自分が馬鹿みたいだと思えば思うほど、胸が軋む様に痛くなって、喉の奥に何かがつっかえた様に息が苦しくなる。ツンッと鼻先が少し痛んで三井先輩を見つめる視界がジワリと滲むと同時に、三井先輩が「...お前はずっと宮城が好きだと思ってたからよ」なんて漏らした言葉に更にズキズキと胸が音を立てて痛んでいく。あぁ、また、私は振られるんだ。そう思いながら垂れそうな鼻水をズッと啜って『はい』と震える様な、消えそうな声で呟いた。




「だから...お前に好きだとか言われても、俺が選ばれるわけねぇとか。宮城の方が好きなんだろ、とか...無駄に考えちまって...」

『...』

「散々、傷付けちまったし...もう、嫌われてんじゃねぇかとか、怖がられてるんじゃねぇかとか。自惚れてんのは俺だけなのかって、考えちまうんだよ...」

『...っ...』

「俺なんかが幸せに出来るかどうかわかんねーけどよ、俺はお前が好...は?」




三井先輩が顔を上げた瞬間、私の顔を見て何故だか固まった三井先輩が「なんで泣くんだよ」と眉を寄せて私を見つめた。ポロポロと溢れた涙の意味が、三井先輩の言葉の意味が分からなくて頭の中が混乱する。私今、振られてたよね?と思いながらも、三井先輩が言おうとしていたであろう"好き"の言葉を期待して自分の指に絡んだ三井先輩の指をギュッと握りながら『ごめ、なさ...』と呟くと、余計に涙が溢れ出ていく。三井先輩が「お前...大事なとこで...」とフッと小さく笑いながら、私の頬を大きな手で優しく包んだ。指で涙を拭う様にして頬をなぞる三井先輩の指が、何度も私の頬に触れていく。ズッと再び鼻を啜ると、三井先輩の唇が私の唇を優しく塞いで、すぐに小さなリップ音を鳴らして離れると同時に、三井先輩の唇が私の瞼に優しく口付ける。「泣くなよ」と優しい口調の三井先輩が私の頬を再び指でなぞりながら私の瞳を見つめた三井先輩が少しだけ目を細めながら「好きなんだ、山田」なんて言って小さく微笑む。その光景が、聞こえた言葉が、全てが夢みたいで、ポロッと溢れた涙が更に止まらなくなる。「お前なぁ...」と笑み混じりの三井先輩の言葉に『私も、好きです』と答える様に口から漏らすと三井先輩は「わーったよ、だから泣くな」なんて言って互いの指が絡んだ指を更にきつく、深く、絡ませていく。頬に触れる三井先輩の指が伝った私の頬を何度もなぞって、その度に、その仕草に、胸が、熱くなる。




「山田」

『は、い...』

「好きだ」

『ッ...はい...好きです』

「おう」

『ぅっ...』

「...お前マジで、どーやったら泣き止むんだよ」

『...っ...す、してください...』

「なに?」

『き、す...してください...』




『泣き...止みます、から』と私が涙混じりにそう呟くと、三井先輩はプッと吹き出して笑いながら「あほか」と悪戯そうに呟いて、私の唇を優しく塞いだ。三井先輩の熱い唇が、私の体温も同時に上げているみたいで、三井先輩の声が、触れる指が、微かに漏れていく吐息が、全てが愛おしくて私の胸を締め付ける。苦しいのに幸せで、幸せなのに胸が苦しい。不思議な感覚のまま何度かキスを繰り返すと、三井先輩がゆっくりと私の唇を吸い上げながら唇を離していく。『す、きです』と唇が離れた瞬間に言葉を漏らすと、三井先輩は照れくさそうに小さく笑ってから「全然泣き止んでねーじゃねぇか」と眉を寄せて再び私の唇に吸い付いた。





















「へー、そんで?無事付き合ったんだ?」

『え?』

「は?」

『つ、つきあった...?』

「は?好きって...言われたんじゃねぇの?」

『そ、うなんだけど...付き合ったかどうかはちょっと...』

「...マジ?」




三井先輩に2度目の告白をした次の日の昼休み、私と友達が席を囲んでご飯を食べていると、当たり前の様な顔をして宮城くんが「どーなった?」と椅子を持って私の隣に腰掛けた。2度目の襲来だと言うのに、もう友達は慣れてしまったんだろうか「あ、どーぞ」と宮城くんに何も言われていないのに宮城くんに掌を見せて"どーぞ"のポーズをして見せる。『え、や、私まだ...』"ご飯食べてるんだけど"と友達に視線を送るけれど、宮城くんが口にした「サンキュ」なんて言葉と宮城くんが席を立って歩き出した事で宮城くんの後をついていくしかなかった。教室の隅にしゃがみ込んだ宮城くんに釣られる様にしゃがみ込むと宮城くんは「んで?」と言いながら片眉を上げて私を見つめる。私はキョロキョロと辺りを見回して内緒話でもする様に口元に手を当てながら、昨日のことをカクカクしかじか。けれど「まためんどくせぇ事なってんの?」と呆れた様な顔をして宮城くんが眉を寄せた。私は宮城くんに向かって頭を左右に振りながら『や、でも両思いって事だし...幸せ、です』と昨日のことを思い出して顔がカァッと熱くなってくる。「ふーん」と納得行かなそうに宮城くんが片眉を上げたけれど、昨日の事を人に話したのが初めてだからだろうか、三井先輩に"好き"と言われた実感が今更ながら湧き上がってきて、思わず口元に当てていた手で熱くなった顔を覆い隠した。




「え、泣いてないよね?」

『え?あっ、ちが...なんか...』

「なんか?」

『三井先輩に、好きって言われたんだなぁって...思ったらドキドキしてきて...』

「今更?」

『だっ、て...昨日はそれどころじゃ...』

「あ、」

『え?』




私の声を遮る様に宮城くんが"あ、"と声を漏らすもんだから、顔を覆っていた手を口元まで下ろすと「おい」なんて声と共に突然私の首に誰かの腕が巻き付いた。え、と思ったのも束の間で、しゃがみ込んでいたせいでバランスを崩した私はそのまま後ろに倒れ込む。倒れ込んだけれど痛いところはどこもないし、尻餅をついてもおかしくなかったのに、と、言うか私の背中に誰かの体温を感じると言うか、誰かに包まれていると言うか...。ドキドキしながら少し振り返ると私の真後ろには三井先輩の姿があって、って事は首に巻きついていた腕は三井先輩の腕なわけで、と言うか私、三井先輩に背中を預けてる。キャパオーバーになった感情と頭がボンッと爆発しそうになって、顔と頭がどんどん熱くなって私は口から『え、あ...』なんて言葉にならない声を漏らした。




「お疲れっすー」

「お疲れっす、じゃねぇよ!」

「2年の教室までなんの用すか?部活の話だったら後で...」

「山田に会いにきたんだよ!宮城お前マジで...油断も隙もねーな!?」

「山田さんとチョット話してただけじゃないすか...嫉妬深い男は嫌われますよ」

「っるせーな...いーだろ、彼氏なんだから」

『え?』

「あ?」

「...だってさ山田さん。カレシ、らしいぜ」

『え、か、かれ、かれ...カレシなんですか?』

「は?ちげーのかよ」




ムスッとした様な三井先輩の顔を見て頭を左右に振るしかなかったのは、"カレシ"と言う単語にキャパオーバーした頭が更に回らなくなったからで、三井先輩が彼氏ということが嫌なわけではない。けれどこの後ろから抱きしめられている様な状況も相まって何も言えないわけで...それに此処、私の教室だし、人は沢山いるし...。恥ずかしいのと嬉しいのと幸せな感情とで、もう考えることを一瞬だけ放棄した私に三井先輩は「付きあ...ってるよな?」と確認する様に眉を寄せて私を見つめた。三井先輩の問いかけになんだか余計恥ずかしくなって、コクコクと頷きながら両手で顔を覆うと「ヒューヒュー」と宮城くんの棒読みした様な声が聞こえてくる。「やかましいわ!」と照れているんだかどうなんだか、私のすぐ近くで三井先輩の声が聞こえたけれど、本当に顔から火が出てしまいそうだ。固まった様に動かない私に気付いたのか、気付いていないのか、三井先輩がボソッと「今日の放課後、空き教室な」と優しい声色で囁いた。三井先輩の囁く声と吐息で熱くなる耳元を隠したいのに両手で顔を覆っているせいで隠せない私は、コクコクと、頷くことしかできなかった。




放課後、空き教室で
(2人だけの、秘密の場所へ)




「たんまたんま!そういうのは2人っきりの時にやってくんねーかなぁ?」

「っるせーな!?おら、部活の話あるからこっち来い」

「えー?まじすか?」




後ろから私の身体を包んでいた三井先輩の腕が離れて、無理矢理立ち上がらされたけれど、もう恥ずかしすぎて顔を覆っている手を退かせない私はその場に立ち尽くしたまま、三井先輩の「じゃ、後でな」の言葉や宮城くんの「山田さんまたね」なんて言葉に、やっぱりコクコクと頷くことしかできなかった。2人が教室を立ち去った後、友達からの質問攻めにあった事は言うまでもない。






fin.
(2023/11/08)

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