放課後、空き教室で





三井先輩に振られてから、頭の中で何度もあの日の出来事と三井先輩の言葉を反芻する。何度も、何度も。反芻する度に何度も胸が苦しくなって、瞳が揺れて視界が滲むのだ。告白なんて、しなきゃ良かったかな。だとか、最初から宮城くんの事を好きじゃないと伝えた方がよかったのかな。だとか、そんな意味のないことを考える様になって1週間ほど経った頃。浮かない気分のまま友達とお昼を食べていると、輪の中に入り込む様に「おっすー」なんて声と共に宮城くんが椅子を持ってきて自然と私の隣に座り込んだ。驚いて何も言えない私と友達を見ながら宮城くんは、さも不思議そうに「なに?」と小さく笑った。いや、何って...こっちのセリフですけど。なんて思いつつも『どうか、したの...?』と問いかけると、宮城くんは「あー...山田さんちょっと借りていい?」と友達に許可を取るように問いかけた。友達は「あ、はい。いくらでも」と少しだけ硬直しながら宮城くんに掌を見せて"どーぞ"のポーズをして見せる。『えっ、なに?』と驚きを隠せないまま宮城くんと友達を交互に見つめると、宮城くんが私の肩に腕を乗せて「よっしゃ。ほんじゃ、山田さん。ツラ貸して」なんて私の顔を見て片眉をグイッと上げていく。え?こ、こわぁ...。と思いながらも有無も言わさず席を立たされて、宮城くんに引きずられる形で私は教室を後にした。



















『な、なんでしょうか...?』

「"なんでしょうか"は俺が聞きてーの」




例の空き教室に着いた後、入り口近くの席に無理やり座らされると、宮城くんは私の目の前で腕を組んで仁王立ち。なんとも言えない圧を感じて、おずおずと"なんでしょうか"と口にすると、宮城くんは眉間に皺を寄せて口を尖らせている。私が『な、んか...怒ってる?』と戸惑いながら困った様に眉を寄せると、宮城くんは「怒っています」と更に眉間に皺を寄せて私をジロリと見下ろした。なんなんだ一体。と宮城くんから視線を逸らすと宮城くんは追い詰める様に私の顔を覗き込んで「怒っています」と再び凄まじい目力で私を見つめた。ひぇっ、と小さく漏れた私の声を聞いた途端に、宮城くんは「三井サンに告白してどうなったか、まーったく聞いてねーんだけど」なんてため息混じりに呟くものだから、目をパチクリさせて宮城くんから目を泳がせる。




『え、だっ、だって...』

「忘れてるかも知れねぇけど、俺たち...」




「協定結んだよな?」と眉間に皺を寄せながら私を見下ろした後「協定を守らねぇ奴は...」なんて言いながら制服のズボンのポケットからインスタントカメラを取り出して「こうだぞ?」と私に差し出した。差し出されたインスタントカメラと宮城くんの顔を交互に見つめるけれど意味が分からなくて、私の頭の中ははてなマークで埋め尽くされる。『あー...え?』と私が口をつぐむと、宮城くんは得意そうな顔をして「このカメラにはなー、山田さんと三井サンのちゅーが...」と宮城くんが言い終える前に宮城くんの手から素早くインスタントカメラを奪い取って、床に叩きつけようとインスタントカメラを持っていた手を思いっきり振り上げた。けれどその手が振り下ろされることはなくて、宮城くんに私の手首を掴まれたかと思えばすぐにインスタントカメラは奪い返されてしまったのだ。「あっ...ぶねーな!?」と宮城くんは奪い返したインスタントカメラを大事そうに抱えながら「このフィルムの中には俺の好きな子も映ってんだぞ!?」と声を荒げる宮城くんは盗撮マニアか何かなのかな?と、ふと思って私が少し怪訝な顔をして見せると、宮城くんは「へへっ、これをバラされたくなかったらだな...」なんて意地悪そうに笑った。私は焦りながら宮城くんからインスタントカメラを奪おうと手を伸ばして見せるけれど、宮城くんが手を上へと伸ばしてしまえば届くはずがないのだ。バスケ部の人達と歩いている宮城くんを見た時は小さく見えたけれど、私が実際に宮城くんと並んでみると、案外宮城くんは小さい訳ではないのだ。『なっ!?ひ、ひどっ...!』とつま先立ちをしながら手を伸ばして声を荒げると、宮城くんは「ひでーのはどっちだよ。協定結んでんのになんも教えてくれねー方が酷いっつーの」なんて茶化す様に笑って馬鹿なことを言っている。『結果って言ったって...』と言い終える前に言葉を飲み込んだのは、自分の口から振られてしまった事実を伝えるのが辛すぎたからで、それに何だか目頭も熱くなってくるし、喉の奥が苦しくなるし、胸は潰れそうだし、宮城くんの顔は見れなくなるし、悪戯そうに笑っていた宮城くんの顔も真顔になるし、ああ、もうだめだ。耐えきれなくなってその場にしゃがみ込みながら、両手で顔を覆って『振られたの...』とボソリと呟いた。ポロッと瞳から涙がこぼれ落ちて、顔を覆った掌に当たったのがわかると余計に辛くなってくる。「あー...」とバツが悪そうな宮城くんの声がしたかと思えば、宮城くんの小さなため息と共に「マジで?」と徐々に声が近づいて来て、宮城くんも私の近くにしゃがみ込んだのだと気がつく頃には宮城くんの手が私の手首を掴んでいた。




『...な、に?』

「本当ごめん、知らなかった」

『...だと、思った...』

「付き合ったのかと思って...マジで悪い」

『だ、から...付き合えるわけ、ないって...』




"言ったじゃん"と言う前に鼻水が垂れて来てズズッと鼻を啜ると、顔を覆っていた両手を引き剥がす様に手首を掴んでいた宮城くんの手に力が入る。『やめ、て』と眉を寄せながら両手に力を込めるけれど、宮城くんの力に勝てるはずもなくて、一瞬、ほんの一瞬だけど両手が離れたせいで宮城くんと視線が絡んだ。恥ずかしくなってすぐに下を向いた私に対して、何も言わない宮城くんは私の手首を掴んだままで、何をどうしたらいいのかわからないままポタリと落ちてくる涙を止めようと歯を食いしばった。しばらくの間沈黙が続いて、床にぽたりと涙がこぼれ落ちた瞬間、宮城くんが「サボってどっか行かねぇ?」なんて唐突に言ってから私の手首から手を離す。『え?』と言いながら顔を思わず持ち上げて宮城くんを見つめると、宮城くんの顔が近くにあって驚いて頭を後ろに少し引くけれど、泣いていたから距離感が測れないんだろうか?宮城くんとの距離が離れない様な。え?これ、え?き、すされ、る?と頭の中が高速で回転した頃には宮城くんの口に自分の両手を当てていた。





「...なに?」

『な、なにって...い、いま...き、き、キスしようとして...』

「...んだよ、ジョーダンじゃん。ジョーダン」

『やっ...!やめてよ、変な冗談...』

「まぁ...」





「山田さん泣き止んだからいいじゃん」と口に当たっていた私の手を引き剥がす様に手首を掴んだ宮城くんが眉を寄せて小さく笑いながら「んじゃあ、午後の授業サボっちゃおーぜ」と私の手首を掴んだまま立ち上がって私を無理やり立たせると、強引に手を引きながら「予鈴鳴る前がチャンスだからな」なんて言って走り出すから、私は有無も言わさず走って宮城くんの後をついて行くしかなかった。

















『なんで...?』

「なんでって...仕方ねーだろ...?」

『なんでこんなの見ちゃったの?』

「しょーがねーじゃん。この時間コレしかやってなかったんだし」





「良い映画だったけど、山田さんの事また泣かせちゃったな」と困った様に小さく笑った宮城くんに連れてこられたのは映画館で、映画館に到着してすぐに見れる映画はラブロマンスだったのだけれど、大恋愛の末結局ヒロインと主人公が結ばれることなく主人公は他界してしまうという悲しいストーリーの映画だった。映画館でも泣いてしまった私を茶化す様にそんなことを言った宮城くんが口をへの字に曲げてから「たまには良いじゃん」とエンドロールが流れるスクリーンを見ながら小さく呟く。『え?』と聞き返す様に私が言葉を漏らすと宮城くんは「すげー泣いちゃう事だってあるだろ?俺もあるし」とスクリーンから目を逸らさずに呟いて、少し言葉に詰まった様に黙った後「片思いって、そう言うもんじゃねぇの?」と片眉を上げながらスクリーンを見つめていた視線を外して私を見つめた。私はどう答えていいか分からずに『ま、振られちゃったんだけどね』と冗談混じりに答えると、宮城くんは「他界しなくて何より」なんて悪戯そうに小さく笑うから何だかおかしくなってきて、ほんの少し、ほんの少しだけ心が軽くなった様な気がした。





ありふれてる大切なこと





「山田さんもフラれたし、協定やめよーぜ」

『あー...うん...そうだね...』

「ん?なに?嫌なの?」

『あ、の...なんて言うか...』




『もう宮城くんとこうやって、話せなくなるかもって...少し悲しくなっちゃった』あはは、なんて眉を寄せながら小さく笑った私の腕を宮城くんは肘で軽く小突いてから「山田さんって馬鹿なの?」と眉を寄せて口端を少し持ち上げた。私が戸惑った様に口をつぐむと、宮城くんは首を自分の手で軽くさすりながら「友達なんだから、話したい時に話しゃいーじゃん」と言って口をへの字に曲げたあと、私から視線を逸らして「言わせんなよ...あーもう、すげー恥ずい...」なんて少しだけ照れくさそうに首をさすっていた手で口元を押さえる。なんだかその仕草に私の方が恥ずかしくなってきて、いや、友達と言ってくれて嬉しいんだけど、とっても。『そ、っか、友達ね...えへへ...ありがとう宮城くん』と軽く微笑んでから『あ!』と気付いた様に声を荒げた。




「なに?」

『かばん!教室に置きっぱなしだった!』

「あ...俺も。つーかそろそろ部活の時間になるし、一緒に学校戻る?」

『うん!早く行こ!』

「えー?走んの?」

『良いじゃん、アレでしょ?ウォーミングアップ』

「...山田さんマネージャーでもやれば?」

『なんで?』

「なんか元気いっぱいだから」

『宮城くんのおかげだよ』

「え?」

『本当に今日はありがとね!ほら、急ごう!』

「お、おう...」








Modoru Main Susumu