緩やかにいま墜ちてゆく 前編






『やっ...あっ、もっ...イッ...やぁ、あっ、ああ!!』

「...田中さん、これでイくの何回目?」

『ヒッ、ああッ...さっ、さんっ...3回っ、やあっ...!』

「5回目でしょ?」




「数も数えられなくなっちゃったの?」と私の耳元で囁いた神くんの言葉のせいなのか、ゾクッと私の背中に何かが走った。朝練もまだ始まっていない、少し薄暗い部室で、卑猥な水音と私の甘い声が響いていく。膣内を執拗に擦り上げる神くんの指が何度も私の良いところを刺激して、私は快感に耐える様に必死に神くんのジャージの裾を握りしめた。合宿が終わってから何度も呼び出されて、何度も同じ行為が繰り返し行われる。牧さんに知られたくない一心で神くんの呼び出しに応えてしまう私の秘密が、一つ、また一つと増えていく。





「早く終わらせないと、誰か来るかもしれないし...そろそろ挿れるよ」

『い、やっ!だめっ...!』

「約束したよね?牧さんに言わないかわりに、朝、俺とセックスするって...大丈夫、ゴムは付けるから」





言いながらカサッと聞こえたコンドームの音に少し安心してる自分に気がついて、ズキッと胸が苦しくなった。牧さんじゃないのに、なんで私はこんな...誰にも言えない事を神くんと続けているのか。混乱した頭で考えたって、牧さんにバレたくない。それだけのために私は今日も、神くんに抱かれていく。






























『...え?』

「はい、コレ」

『...なに?これ...?』





神くんが私の掌の上に置いてきたタブレット状の薬か何かを受け取って、頭にハテナを浮かべて神くんとタブレットに視線を行き来させると、神くんは「噛むタイプだから、噛んでそのまま飲んで」とニコッと笑った。私が"コレなに?"と全て言い終える前に「良いから飲んで」と神くんのいつもより低めの声が聞こえてビクッと身体を震わせる。怖くて何も言えないまま、私は渡されたタブレットを口に含んで、口の中に広がる独特の酸っぱさを感じながら、恐る恐る噛み砕いて恐怖で乾いた口の中を誤魔化す様にゴクリと喉へ流し込んだ。「ちゃんと飲んだ?口開けて」と神くんが確認する様に私の顎を掴みながら私の口の中に視線を移して、少しだけ目を細めると「…うん。偉いね」と小さく笑った。私はそんな微笑まれたって怖くて仕方がないのに、神くんは私の顎から指を離すと指の背で滑る様に私の頬を優しくなぞる。私は結局今飲んだのが何なのか不安で仕方なくて『神くん…今飲んだのって…』とおずおずと問いかけると、神くんは小さく笑って「田中さんが今飲んだのは、催淫剤の一種だよ。媚薬って言った方が分かりやすいかな?」と私の頬を再び指でなぞっていく。私は声も出せないまま、少しだけ見開いた瞳で神くんを少し見つめて、動揺した様に何度か瞬きを繰り返して神くんから目を逸らした。




『えっ…?でも、なんで…?』

「そのうち、嫌でも身体が熱くなっちゃうんじゃない?」

『なっ、なんで…?これから朝練で…授業もあるのに…』

「だから、面白いんでしょ?どうしようもなくなって”神くん助けて”って言ったら、助けてあげるよ」

『そんなの、言うわけないじゃん…』

「ふーん。そうなんだ?じゃあ、どんなに身体が熱くなっても、自分でどうにかしてね?」




「それか牧さんに助けてって言うのも、ありなんじゃない?」と牧さんに言える筈がない事なんて分かっているくせに、神くんはクスクス笑いながら私の頬から手を離した。神くんが私の頬から手を離すのと同じタイミングで誰かの足音が部室の扉の前から聞こえて「あ、もうそんな時間か…残念」と鼻で笑う様に言った神くんをキッと睨み付けると、部室の扉の開く音が聞こえて「おはざーっす」と言いながら眠たそうにあくびをする清田の姿が見えた。私は焦った様に『あ、清田おはよう』と挨拶をして、清田の横を急いで通り抜けながら部室を出て体育館へと足を運んだ。




















朝、神くんに飲まされた"媚薬"を飲んでから、結構な時間が経った気がする。いつもよりも少し身体が熱い気がしたけど、特に何事もなく昼休みを迎えて、ご飯を食べ終えた私は友達と一緒に次の体育の授業のために体育着に着替えると、女子更衣室から出て体育館へ向かう途中で神くんにバッタリと会ってしまった。同じ部活なのに声をかけないのも、友達が変に思う気がして『あ...』と声をかけようとするのに、神くんを見ただけで朝の出来事がフラッシュバックして、あの感覚を、思い出していく。ドクン、と心臓が一気に早くなって、身体中に血が巡っていく感覚と、目の前が揺らいだ様にクラッとする感覚のせいで勝手に足元がふらついた。神くんが「田中さん体調大丈夫?」と心配そうに眉を寄せたせいで、周りの友達は「え?花子体調悪かったの?」と言ってきたけど『え、あ、うん..大丈夫だよ。もう元気だから』と顔の前で両手を左右に振ってみせる。だけど「確かに顔赤いかも…何かあったら言ってね?」と私の背中をさすってくれた友達に言われた通り、確かに身体が熱くなってきた気がした。『ありがとう…でも本当に大丈夫だから』”もう体育館行こう”と言いかけた私の言葉を遮る様に神くんが「田中さん、部活のことで話があるんだけど」と言って小さく笑う。「じゃあ先に行ってるねー」と歩き出した友達の後を追うように神くんに背を向けると、神くんが私の手首を掴みながら「身体、熱くなっちゃったの?」なんて私にしか聞こえない声量でボソッと呟いた。身体が熱いのなんて気のせいだと思いたいのに、神くんが触れる手首がじわりと余計に熱くなった気がして、ボソッと耳の近くで囁かれた神くんの少し低い声にゾクリと私の背中に何かが走る。私は誤魔化す様に神くんの方へと顔を向けてから『なってない』と反論して神くんを睨み付けるのに、神くんは小さく笑いながら「朝のことでも、思い出しちゃった?気持ちよさそうだったもんね」と言って私の手首からするりと手を滑らせて、私の指に指を絡めた。誰かが来てしまうんじゃないかと思って、焦った様に手を振り払いながら『やめて!』と小声で叫ぶと、神くんは「なんでそんなに、やらしー顔してるの?」と少しだけ細めた瞳で私を見つめる。ドキドキ早くなる心臓の音が、動揺した様に多くなる私の瞬きの回数が、『違う、なってない…』と徐々に小さくなってしまう私の声が、熱くなる身体が、神くんに、支配されていく。絡んだ指先がゆっくりと離れて、私の掌を神くんの指が優しくなぞると、私の身体にゾクッと何かが走り抜ける。「なに?手触ってるだけなのに、声...我慢できない?」と私の顔を覗く様に腰をかがめた神くんの言葉でハッとして自分の口を手で塞ぐと、神くんは「あ、でも田中さん俺に助けて欲しくないんだっけ?」なんて言って絡んでいた指を離した。私は名残惜しそうに、神くんの離れた手を見つめて、「触っちゃってごめんね?」と悪びれる様子なんかない癖にそう言って手を振って歩いていく神くんの制服の裾を、思わず掴んでしまった。自分でも理解出来なくて、なんで神くんを引き留めるみたいな行動なんか…。と戸惑いながら、神くんの「なに?」と振り返った顔を見て『あの…ごっ、ごめん…別に…』とパッと神くんの制服を掴んでいた手を離して下唇を噛み締める。神くんは「田中さん…してほしいことがあるなら、ちゃんと言わないと…」なんてため息まじりの声でそう言って続ける様に「私の事、ぐちゃぐちゃに犯してください、とかさ」と笑みを含んだ声で囁いた。私はこの言葉を言ってはいけない。と頭で理解できるのに、ドキドキと早くなる鼓動が、その言葉を言ったら、どうなるんだろう。なんて、まるで期待しているみたいに身体が熱くなっていく。私は手で拳を作ってギュッと握り締めながら『絶対、言わないから...』と言って神くんを睨みつけて下唇を噛んだ。神くんは「そう、じゃあ部活でね」とニコッといつもの様に笑って私に背を向ける。熱くなるのは神くんが飲ませてきた媚薬のせいなんだ。大丈夫、授業に集中したら、大丈夫。と自分に言い聞かせながら、体育館へと急いで向かっていった。





















あの後、全てがおかしかった。神くんを見てから私の身体は冷めるどころかどんどん熱くなっていく気がして、コレ風邪なんじゃないか?と勘違いしてしまうくらいに身体が熱い。体育の授業も集中できる訳もなく、毎朝の出来事が、頭の中でグルグル回る。なんでこんなこと考えるの、なんであんなことばっかり頭に浮かぶの。全部、神くんのせいだ。と、フラフラする身体を誤魔化しながら授業を受ける為に教室へ向かった。壁を伝って歩かないと歩けない気がして、少し休憩、と自分に言い聞かせてその場にしゃがみ込む。熱い、身体が熱い。どこが熱いかなんて考えたくないのに、いつもより自分の吐く息も熱くなっている様な気になって、ふぅ、と壁に顔を当てた。冷たくて、気持ちいい。なんて思っていると、「あれ?本当に具合悪そうだね...大丈夫?」と、頭上から声が聞こえて、顔を上げるとそこには神くんが立っていた。『なんで...』と荒くなった呼吸を誤魔化す様に言葉を漏らすと、神くんは「ここ、俺のクラスの前だし」と、教室札を指差して、私は神くんの指差した場所に視線を移す。本当だ...。なんて言葉も言えなくて、神くんの制服のズボンを掴みながら、私は言ってはいけないと頭では分かっている言葉を口から漏らした。





『助けて...』





神くんは少しだけ驚いた様な顔をしてから「...なんで?俺に助けて欲しくないんじゃなかった?」なんて言って小さく笑った。私はそんな答えが返ってくると思わなくて、掴んだ神くんのズボンを更にギュッと握りしめながら『お願い...』と下唇を噛み締める。





「誰に?」

『え...?』

「田中さんは誰に、助けて欲しいの?」

『...ッ...』

「言えなかったら、牧さん呼んでこようか?」

『だめっ...!やめて...』

「でも、こう言うのって普通は彼氏の方が良いんじゃない?」

『...じ、く...』

「なに?聞こえないよ」

『神くん...お願い...』

「だから、なに?」

『お願い...神くん、助けて...』





『熱いの、』と眉を寄せながら口にすると、神くんは私の視線に合わせる様にしゃがみ込んで「...良いよ。田中さんがそこまで言うなら、助けてあげる」と小さく笑って私の腕を掴んだ。「保健室まで歩ける?」と、優しく聞こえた神くんの言葉に私はコクンと頷いて、神くんの身体に寄りかかるようにして立ち上がる。「あ、ねぇ、新井くん。具合悪い子保健室まで連れていくから、授業出れないかもって先生に伝えといてくれるかな?」なんて横から聞こえる神くんの声のせいなのか、コレからされることを期待してなのか、私の身体が余計に熱くなっていく気がした。