「花子ちゃん知ってる?淫魔って結構嫉妬深いんだよ?」

『そんな事...』




知らないよ、と続けて言いたかったのに、私の口から漏れる甘い声で上書きされる様に消えていく。お酒が回ってクラクラする頭の中が私の思考をかき消して、奥まで入り込んだ彰自身のせいで余計に頭が回らなくなる。「それとも、花子ちゃんはわざと俺の事怒らせてるの?」なんていつもよりも低い彰の声が耳元で響いて、私は首を左右に振って否定するのに、彰は「本当かな?」と意地悪そうに小さく笑った。私は喘ぎすぎて少し掠れた声で『やっ...も、やだ...』なんて漏らすのに、彰は「駄目だよ、ちゃんとお仕置きしなくちゃね」と私の秘部の突起を指で擦り上げる。ビクッと震える腰が、ゾクッと背中に走り抜ける快感が、耳元で聞こえる彰の少し荒くなった吐息が、全てが私の興奮材料になっていくみたいで、また頭の中が白くなっていく。なんで、こんな事になったんだっけ?と頭の中で考えるのに、酔った頭と彰から送られてくる快感に麻痺した様に頭の中が白くなって何も考えられなくなる。





「考え事?余裕だね...」


『やっ!?あ、ああっ...ッ...!』


「俺イッちゃ駄目だって言わなかった?ほら、我慢して」


『あっ、無理...むっ...っ...あっ、ああ...』




















「田中、あんま飲まんでええからな」


『はい...大丈夫ですよ』





『土屋先輩もいますし』と言いながら小さく笑うと、土屋先輩は「それやったらええけど、課長と部長ほんま飲ませたがりやから」なんて私の肩をポンっと叩いた。今日は珍しく部署の飲み会があって、勿論上司や先輩に気を遣いながら飲んでいた私に、土屋先輩が気にかけてくれたのか私の隣に移動してきて「最近アキラくんとはどうなん?」なんてニヤニヤしながら聞いてくる。『別に普通ですよ』とふふっと笑うと土屋先輩は私の頭をバシッと叩きながら「幸せオーラかますんとちゃうでほんま」と口を尖らせた。




『や、そんなつもりじゃ...』


「せやけどラブラブなんやろ?」


『はい、まぁ...』


「なんやねん、僕といつ契約の上書きしてくれるん?」


『だからしませんって!』




私が声を荒げると、土屋先輩は「えー?ほんま?いつか倦怠期とか来たら教えてな」と冗談まじりに笑いながら私の空いたグラスを指さして「次どないする?」と私にメニューを差し出した。こういう気遣いのできる土屋先輩ってやっぱりすごい。本来は後輩の私がやらなければいけないであろう事をあたかも自然にやってくる。見習わなければ...なんて思いつつ、課長の「田中ー」と張り上げた声に返事をしながらいそいそと課長の元へと急いだ。




















「せやからあんま飲まんでええて言うたやろ...」


『えへへ、気持ちいいですね』


「はいはい。せやな、気持ちええな」




冷たい風が酔って熱くなった私の頬を少し冷やして、横で眉を寄せている土屋先輩に向けてニコッと笑う。楽しくて、ふわふわして、久しぶりに楽しく酔えた気がして思わず顔の筋肉が緩んだ。終電を逃した私に付き添う様にタクシーに乗り込んだ土屋先輩が私のマンションの前まで相乗りしてくれたはいいけれど、着くまでに寝てしまった私は土屋先輩に叩き起こされて引きずられる様にタクシーを降りた。そして土屋先輩の肩に腕をかけながらヨタヨタ歩いて、マンションの下に着くまで何度も『飲み会って楽しいですねー』と口から漏らす。彰と恋人になって、なんだかんだ飲み会を断っていた私には本当に久しぶりの飲み会で、会社の飲み会なのに楽しく飲めた気がした。土屋先輩は私の肩にかかった手をギュッと握りながら「ほんま、警戒心ないなぁ」と困った様に小さく笑う。私が聞き返す様に『え?なんです?』と横を向くと、間近に土屋先輩の顔が見えて思わず酔いが急速に冷めていく。やばい、距離感間違えた。と思ったのも束の間で、唇スレスレに近づいた土屋先輩の顔から逃げる様に『す、すみません...もう、大丈夫です』と土屋先輩の肩から腕を離した。




「は?めっちゃ千鳥足やん」


『や、本当...本当もう大丈夫ですから...』


「せやけど家そこやろ?玄関まで送ってくで?」


『や、本当...大丈夫なんで...もう全然オッケーです』




もつれそうになる足を何とか動かしてマンションの入り口の段差に足をかける。その瞬間、ヒールが段差に引っかかったせいで転びそうになって、土屋先輩が私の腕を引いてくれたおかげで尻餅はつかずに済んだ。だけど、「やから言うたやんか。ほんま、危なっかしいわ」なんて言いつつ私を無理に立たせる様に腕を引いた土屋先輩の力が思ったよりも強くて、私は土屋先輩の胸に飛び込む事になってしまった。『あ、ごめんなさい...すみません、本当大丈夫、もう平気です...』なんて言いながら土屋先輩の胸から離れ様と腕に力を込めるのに、土屋先輩が私の腕を離さないせいで離れる事は叶わない。




「なぁ...」


『え?はい...』


「ほんまに、上書きする気...ないん?」


『え!?なっ...何言ってるんですか!土屋先輩ももしかして酔ってます?』




『一緒ですねー』とあはは、なんて笑いながら誤魔化すのに、土屋先輩は「僕、本気なんやけど」と私の腕を掴んだ手に力を込める。私は土屋先輩の顔を見れないまま、更に土屋先輩の胸を押す手に力を込めながら『本当に...私その気ないので...』と言ってから下唇を噛み締めた。だけど、土屋先輩の腕は離れることはなくて、「アキラくんが、田中の事飽きてるんやったとしても?」なんて、馬鹿みたいなこと言ったせいで顔を上げてしまった。その瞬間に私の唇と土屋先輩の唇が不意に重なって、私は思わず土屋先輩の胸をバシッと叩くと、ちゅっと軽いリップ音を立てながら土屋先輩の唇が私の唇から離れていく。ヨタヨタと後ろに後退りをしながら何か喋ろうと口をパクパクさせている私に「僕がこうやって田中に触れるって事は、アキラくんがもう保護しとらんのやろ?それどう言う意味なんかわかっとるん?」と私の掴んでいた腕を静かに離した。




『そ、れは...信用してくれるからで...』


「そうやな。田中は他のやつとキスしたりせえへんやろな」


『だったら...』


「田中からは、ってことやろ?アキラくんは田中が僕みたいな男に迫られるって、思ってないわけや」


『言ってる意味が、よくわかんないんですけど...』


「他の男が手出さへんって思っとるくらい、2人の中がマンネリ化しとるんちゃう?僕やったら田中みたいな魅力的な女性を野放しにはせえへんのに...」


『や、そんなことは...』


「ほんま?ないって言い切れるんや?やってこんな...甘くて美味しそうな香りさせとるのに...アキラくん気づいてへんのちゃう?」





「僕やったら、田中がマンションに近づいてきた時点で、分かるんやけどなぁ」と少しだけ口角を上げた土屋先輩の唇がまた私の顔に近づいてきて、私は思わず土屋先輩の口を手で塞ぐ。途端にペロリと掌を舐められてギャ!だかヒョッ!だかよく分からない奇声をあげて土屋先輩の口から手を離すと、土屋先輩は困った様にニコッと笑って「...ほんま、僕も酔っとるかも。ごめん、からかいすぎたわ」なんて言って両手を顔横に広げる。私が『じゃ、じゃあ...1人で帰れるんで...』と言うと土屋先輩は「あほか、もうなんもせえへんから。玄関まで送ってったる」と言って私の腕を引っ張って自分の肩にかける様にして私の体を支えると、私は何も言えなくなって、玄関まで送ってもらうことにした。






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