バスのアナウンスの声でハッと目が覚めた。いつの間にか寝てしまったんだ。座った席から辺りを確認する様に窓の外を見つめて、此処、どこ?と焦りながらバスのボタンを急いで押していく。とりあえず降りて反対方向のバスに乗って...家に帰らないと。...結局彰は見つからないし、あたりも薄暗くなってきたし、明日も仕事だし。なんて、ため息をついてから停車したバスから降りると、海の匂いが鼻を掠めた。懐かしい様な、不思議な感覚で、引き寄せられる様に海の方へと足を進める。あれ?ここ...。






『昔お母さんと来た事ある...』





石の階段を降りると、そうだ...確か砂浜があって...。と、記憶をたよりに足を進めていって、靴底が砂浜の砂に擦れてジャリッと独特の音を鳴らしていく。足元を見つめていた視線を前に向けて、『懐かしい...』と海を見渡すと、薄暗くなった空と、少しだけ残っていた陽の光が海に反射してすごく綺麗だった。惹かれるように足を進めて、なんで、今までここに来なかったんだろう。と自分で疑問に思いながら、さらに辺りを見回していく。遠くの方で見えた人影に彰を重ねて、凝らす様に目を細めると、信じられないことにあのツンツン頭が見えたような気がした。私は口から『...彰...?』と自然と漏れた言葉を確かめる様に、砂浜を蹴り上げながら走って人影の方へ進んでいく。これで彰じゃなかったら恥ずかしい。でも、そうかもしれない。期待する気持ちが膨らんで、横顔を見た瞬間に『彰!』と声を張り上げた。彰は私の声を聞いて、私の方へ顔を向けると「花子ちゃん」といつものように困ったように眉を寄せて小さく笑った。





『...隣...座ってもいい?』


「うん、いいよ」


『...釣り、してたの?』


「そう。なかなか釣れないけど、楽しいよ」


『そうなんだ...』


「なんでここが分かったの?」


『え、いや...バスで寝ちゃって...降りたら、昔母と来た場所だったから...懐かしくて...』


「そっか...」






聞きたいことも、言いたいことも沢山あるのに、私の口からは何の言葉も出てこなかった。しばらく沈黙が続いて、2人で静かに海を見つめる。彰が「俺と花子ちゃんって、ここで出会ったんだよ」と口から漏らして、私は『え...?』と聞き返すように横に座っている彰の横顔を見つめた。小さい頃に会ってたんだっけ?覚えてないし、小さい頃だろうし...。なんて、何故か聞き返せないまま、私は彰の言葉を待つ様に横顔を見つめていると、彰が私の方へと顔を向けてくる。久しぶりに見た、彰の顔を。1週間しか離れていなかったのに、長い期間離れていたみたいに胸がキュッと締め付けられて、そのまま見つめた彰の瞳が少しだけ沈んでいく陽の光に照らされてキラキラ輝いて見えた気がした。






「俺、悪魔だから」


『...うん』


「花子ちゃんとは、また別の生き物でしょ?」


『うん...』


「精気を奪って生きるってことはさ、寿命を奪ってるのと一緒なんだ。だから、俺と契約してると普通の人よりも早く死んじゃうし、一緒にいて、幸せじゃないと思うよ」






あれ?私今、フラれてる?なんて、苦しくなっていく胸と、悲しいのに相槌しか打てない自分に腹が立って、鼻がツンっと痛んでいく。傷つくってことは、期待してたんだ。彰に会ったら、また優しくしてくれるって、一緒に笑ってまた以前の様な関係に戻ってくれるだなんて、勝手に期待してた。馬鹿だな、本当。『だからって、彰が消える必要ないよ』と、私は強がって笑ってみせた。彰が何かを言いかけてたけど、私は遮る様に『それに、彰が私から精気を食べなくたって...人はいつ死ぬかなんて分からないし、明日事故にあって死ぬかもしれない。知らないうちに病気になってて、余命があと1年かも、だから寿命なんて関係ない。彰が...私のことが好きじゃないなら、正直に言って欲しい』と、まっすぐに彰を見つめていく。彰は一瞬戸惑った様子を見せて、いつもの様に眉を寄せて小さく笑ってから「俺は...」と釣竿を握っていた手を離して、私の頬に優しく触れた。沈黙が長く感じて、答えを聞くのがどんどん怖くなる。そのせいで滲んだ視界のまま彰を見つめると、彰は私の頬を親指でなぞりながら「俺はずっと...花子ちゃんが好きだよ」なんて私の瞳を見つめた。言われた瞬間、私は同情されている様な、虚しい様な気分になって、瞳に溜まった涙が溢れて一筋の滴が私の頬を濡らしていく。『う、そ...ごめんって...言ったくせに...』感情が溢れていく様に喉の奥が苦しくて、何かに詰まりながら言葉を漏らすと、彰は小さく笑ってから「離さなきゃ、いけないと思ったんだ。悪魔なんかに愛されても、嬉しくないでしょ?」なんて優しい口調で私の頬をまた親指で優しくなぞった。






『何それ...う、れしいに...決まってるじゃん...』


「こんな俺でも、花子ちゃんはまだ好きでいてくれる?」


『ッ...ん、うん。好き...彰が、大好き』


「あはは、顔ぐしゃぐしゃ」


『...何それ、ひど...』


「可愛い...俺も、花子ちゃんが大好きだよ」







「これからもずっと、花子ちゃんの側にいても良い?」なんて彰の言葉を聞いた瞬間に、更に溢れた涙が私の頬を伝っていって、私は言葉が出てこなくて何度も頭を縦に振った。彰は「嬉しい」と呟いて小さく笑ってから私の唇を優しく塞いだ。いつものキスなのに、いつもよりも熱く感じる。彰の柔らかくて、熱い唇が、優しく押し当てられて、彰の匂いに包まれていく。ふわふわして、幸せな気持ちになって、胸がどんどん熱くなる。軽いリップ音が響いて、離れた唇が潮風に当たって少し冷えた気がした。彰はしばらく私を見つめた後、再び唇を塞いで、何度か触れるだけのキスをすると彰のお腹がすごい音を立てて、私達は唇が触れているのにお互いクスッと笑い合う。





「今日、花子ちゃんの事食べてもいい?」


『うん...食べて欲しい』


「あはは、なんだそれ。やらしーな」


『...恥ずかしい...んですけど...』


「なんで?すげー嬉しいよ?」






私は思わず何も言えなくなって「...じゃあ、家戻ろうか」なんて彰の言葉に私がコクンと静かに頷くと、頬に触れていた彰の手が私の手へ移動する。ギュッと握り締められた指のせいか、先程したキスのせいか、私の胸は余計に熱くなっていった。







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