ずっと、孤独だった。悪魔の中でも淫魔は下級の種族で、悪魔と淫魔の混血の僕はどちらにも属せず、どちらの種族にも嫌われる存在。居てはいけない、居ないものとして扱われた。能力だって悪魔と淫魔の半々、全てが中途半端で完全じゃない。人間の魂だって食べれるし、人間の精気でだって生きていける。ただ、悪魔の中にいて精気を食べることは気持ちがられるし、淫魔の中には魂を食らう僕を嫌う奴だっている。僕は両親を恨んだ。何故周りに反対されながら一緒になったのか、何故、僕を産んだのか。友達もできず、周りから孤立して、僕に話しかけてくる奴なんて居なかった。人間界に来たってそれは変わらなかった。ただ、人間に好かれるためにニコニコして、悪魔だってバレない様に生活して、魂や精気を食らって生きる。孤独なんて言葉じゃ足りないくらいに虚しくて、これから先もずっと僕は1人のままなんだと思った。生ぬるい環境で生きてる人間を見てると苛ついて、本当の孤独がどれだけ辛いか知らない奴がただ、憎かった。



















「あっ...そこっ...好きっ、あっ、ああ!」


「ん?ここがええの?」


「そ、こ...あ、ああ!好き、あつし、好き...!」


「は?」






腰の動きを止めてピタリと止まると、僕の下で喘いでいた女は「え...?」と起き上がって驚いた様に僕を見つめた。「そう言うんはほんま、やめてくれへん?きしょいわ」言いながら自身を引き抜いて、下着とズボンを履いていく。女が「なんで?私...淳の為に彼氏とだって別れて...ッ!1人なんだよ!?」なんて声を荒げて泣く姿が視界の隅で見えて「そーなんや...キミ彼氏と別れたんや?」と確認する様に女へと視線を向けると、「うん...、だから私と...」と女は涙を手で拭いながら僕を見つめた。僕はニコッと笑った後に「ほな、もうキミいらんわ」なんて言って女の頭を優しく撫でた。「...え?」と僕を見つめた瞳を揺らしながら涙を流す女に向けてもう一度ニコッと笑ってから上着を着て部屋を後にする。玄関の扉を閉める瞬間「私には淳しかいないの!!待って!」なんて叫ぶ声を聞いて少しだけ口角が上がっていく。何度も同じことを繰り返す。彼氏がいる女を狙って、堕として、捨てる。人間は簡単に人を裏切るし、彼氏がいるのに簡単に股を開く。その澱んだ魂を食らうのも良いけど契約して縛られるのも面倒だ。人のものを奪うのが好きなわけじゃない。ただ、縋って僕が必要だ、なんて言われる事が快感で、単純に嬉しいし、楽しい。これで僕の心が晴れるわけでもないのに、再び同じことを繰り返す。繰り返してまた楽しんで、また捨てる。そんな日々に飽き飽きして、人間界に馴染める様に仕事を始めた。簡単でつまらない業務、誰にだって出来るし、ニコニコして腹の内を晒さなければ上司にだって気に入られて、後輩にだって慕われる。人間は簡単に騙されるのに、簡単に人を信頼して本当に馬鹿な生き物だ。特に馬鹿な後輩が職場にいて、警戒心もなければ多分僕に好意を寄せているだろうと一目で分かる。僕が歩いていれば目で追っているのを感じるし、僕が話しかければ顔を真っ赤にさせて目を泳がせる。そんな可愛い反応をされても特に何も感じないのは、多分、彼女に恋人がいないからかもしれない。あんなに甘ったるい匂いさせてたら、しばらく独り身なのが嫌でも分かる。面白い反応を見せるから暇潰しがてら、たまにからかっていたりもしていた彼女が、何故だか突然変わっていった。そのことに気づいたのは僕を追う視線を感じなくなって、甘い匂いが、何故だか濃くなったから。別に傷ついてるわけじゃない。気になる対象が自分じゃなくなっただけ、それだけの事なのに何故か面白くなくて、久しぶりにあった飲み会で潰れた後輩を1人で置いていくのは周りの目もあるしで出来なくて、仕方なく僕の家まで連れて行ったあの日、彼女だけじゃない。僕も、変わったんだと気付かされた。















『ん?』


「ん?て、友達かアホ」




ぷっと僕が噴き出して笑うと、田中はえへへ、なんて酔ってふにゃふにゃした顔をして僕を見つめた。何故か早くなる鼓動が、何故か熱くなる僕の身体が、甘ったるい香りを直に感じる距離感が、僕の何かを変えていく。今まで感じたことのない感覚に戸惑いながら「田中ん家知らんし、僕の家やけど路上で寝るよりマシやろ?」と問いかけると、田中は少しの間僕を見つめて、コクン。と大きく頷いた。その後、ヨタヨタ歩く田中の身体をベッドへ寝かせてから確かめる様に田中の頬を指でなぞった。「お前は...なんやねん...」僕に淫魔の血が流れているせいで田中の甘い匂いに当てられているだけなのか、それとも、自分に気があった人間が、他のやつに惹かれて離れていくことへの執着なのか...。僕はわからないまま田中の首筋に顔を埋めて、甘い匂いを確かめる様に空気を吸い込む。クラクラする甘い香りに吸い寄せられる様に首筋に唇を寄せて、ちゅっと吸い上げて舌を這わせる。途端に漏れた田中の甘い声と、酔って熱った田中の身体の熱を感じながら、僕を振り払おうと手を伸ばした田中の手首を掴んでベッドへと押し付けた。田中は酔って瞼が重いせいかとろんとした顔をして僕を見つめてから『だ、め...』と小さく口から漏らして押さえつけられた手首に力を込める。





「僕のこと、好きなんやろ?」


『...ん...』


「なぁ、田中...ちゃうの?」


『...あ、』


「ん?」


『あ、きら...?』






田中の口から漏れた言葉に、ザワっと僕の中で毛が逆撫でされた様に嫌な気持ちが湧き上がって、他の男がいると分かって、いつもの様に堕としてしまおうという感情だけじゃない何かが僕の胸をもやっとさせる。なんや、それ。「僕のこと、好きやなかったん?」と田中の手首を掴んでいた手に力を込めてから「なぁ、田中...」なんて、縋る様な声を漏らしてしまった。瞬間に、ハッとして思わず田中から身体を離すと、田中は何度か瞬きを繰り返してそのまま瞼を閉じていく。しばらく見つめていた彼女に嫉妬の様な感情が僕を支配して、そんな自分が気持ち悪くて仕方がなかった。田中の洋服へと手を伸ばして、このままいつもの様に堕としてしまえばこの感情は消えるだろうか。と田中の服の隙間から手を入れて、直接肌へと触れていく。アルコールの匂いと、指先に触れる田中の熱すぎる体温に吸い寄せられる様に胸へと指を移動させて「田中、なんでそんな甘い匂いさせてるんよ」なんて、聞こえもしないのに呟いて、田中の首元に再び顔を埋めていった。甘い匂いに、吸い寄せられる。感じたことのない感覚と、痛む胸と、熱くなる僕の身体が、田中を求める様に僕の心臓の音を加速させる。「僕を、誘っとるん?」問いかけても返事はもちろんありはしないのに、続ける様に「ええの?触ってまうで?」なんて田中の耳元に唇を寄せていく。唇を寄せた瞬間、甘い匂いが濃くなって、クラクラするのは酒の影響なのか、僕が田中を求めているのか分からない。途端に田中の呼吸が規則的になって、顔を覗くと眠ってしまったであろう田中の『あきら』と誰かを呼ぶ声が小さく聞こえる。聞こえた声をかき消すように「田中...僕、淳やで」と呟いた僕の声が、静かな部屋に響いた気がした。



























あの日、田中の首元にキスマークをわざと付けた。アキラ、と呼ばれた彼はどんな反応を見せるだろうか?そんなに深い仲でもなかったら、キスマークには気づかないか?それとも...田中がアキラくんに振られるだろうか。落ち込んでる田中を堕とすんもええかな。なんて事を考えて、休み明けに田中はどんな顔をしているだろうか?と出社して驚いた。僕の付けたキスマークに被る様に付けられた赤い痕が田中の首元についていたからだ。その瞬間、僕の中の何かが煮えたぎる様に熱くなって、ムカムカして、気持ち悪い。この気持ちが、嫉妬なんだと自分では分かっているのに認めたくないのは、違う種族を好きになった事を認めたくなかったからだ。僕は、父や母とは違う。他の種族を好きになったりなんかしない。そう思った瞬間に、田中が耳に髪をかける瞬間、耳の裏に何かが見える。タトゥーでも入れてるんだろうか?意外だ、あの田中が...?いや...あのマークどこかで...なんて考えた後、無意識に「あのマーク...何やったっけ...?」と小さく漏れた僕の声が、騒ついた社内に消えていった。
















「田中、耳の後ろになんか付いてんで」


『えっ?本当ですか...?わっ!』






スカートを返す、なんてものは言い訳で、自分が何故田中の事を気にするのか知りたかったし、耳の後ろのマークを確認したかった。田中の髪の毛に触れて、気になった事を言葉にして、田中の耳の裏へ指を伸ばす。確かめる様に耳の裏にあるマークに触れて、なぞって、確信してしまった。「なんや、やっぱそう言う事なんや」なんて小さく笑ってしまったのは、田中の耳の裏のマークが悪魔と契約している印だったからだ。田中はもう、こっち側やったんや。男がいるだけじゃない、相手が悪魔やから、自然と気になったんだ。好きになったわけじゃない。と安堵した様な気持ちと悪魔との契約をしている人間を堕として、縋らせたらどんな気持ちになるんだろうか。なんて、考えるだけでもゾクゾクして、縋る田中の顔を頭に思い浮かべただけで口端が上がってしまう。「僕とも、契約せえへん?」と、口から漏らして田中の瞳を見つめた。ただ、いつもの様に本音を聞いて、弱いところを見つけて突くだけ。堕とすために必要なだけで、僕が田中を知りたいわけじゃない。



必要のない言い訳を並べて
(僕は誰に言い訳しとるんや)



僕が人間なんて下等な種族を、好きになるわけない。




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