「いつまで、見てんだよ」


「あはは、なんや、バレとったん?」






花子ちゃんが意識を失って、俺と花子ちゃんを監視する様に見ていた視線の先へ顔を向けると1人の男が姿を表した。「君が、アキラくん?」と俺を見た細目の男が呟いて、こいつが、ツチヤか。と思いながら「目的は?」なんて、花子ちゃんに近づいた理由が知りたくて問いかけるのにツチヤは「田中て、あんな風に喘ぐんやね」と花子ちゃんへと手を伸ばした。俺がツチヤの手をバシッと払うと「おー怖。男の嫉妬は醜いで?」なんてクスクス笑う。何だこいつ、ムカつく。







「なんで花子ちゃんに...」


「ただ、からかっとるだけやろ?何を本気で怒っとるんよ。意味わかれへんわ」


「ふざけんな」






「からかうなら、他を当たってくれ」と俺がツチヤを睨んだ瞬間、ツチヤは口端を上げて「なんや、本気なんやね」と言ってから「人間なんかに恋するやなんて、アホすぎるやろ」なんて鼻で笑いながら俺から視線を逸らした。その言葉にズキッと胸が痛んで、俺の腕の中で気を失っている花子ちゃんへ視線を向ける。そんなの俺が、1番わかってる。でも俺には昔から、花子ちゃんだけなんだ。花子ちゃんだけしか...いらない。ギュッと腕の中にいる花子ちゃんを抱きしめる様に腕に力を込めてから静かにベッドへ寝かせていく。花子ちゃんは俺に“私が好きなのは、彰だよ"と言ってくれた。その言葉を聞いた瞬間、嬉しかったのに胸が痛んだ。また、前と同じ道を歩ませてしまう。そう思えば思うほど、胸が痛くなっていく。人間に恋する様に側で見守って、友達の様に背中を押して、良い関係を築きたかった。理想とは裏腹に、俺の願望と欲望が抑えられないまま、契約したから、なんて簡単に花子ちゃんの身体を求めてしまった。身体に触れればそう言う気持ちになってもおかしくないし、なんなら、俺はどこかで望んでいたんだ。花子ちゃんが俺を求める事を、以前の様に、俺を受け入れて求めてくれる彼女の姿を、重ねて、堕ちた。これ以上近くにいたら、花子ちゃんの人生は壊れてしまう。幸せな家庭を築くこともなく、正しい寿命で死ぬこともない。後悔ばかりの人生になるかもしれない。離れないと、駄目だ。ギュッと下唇を噛みながら、花子ちゃんの唇に優しく触れた。横から「僕も混ざってええ?」なんて冗談混じりのツチヤの声は無視して、「花子ちゃん、ごめんね」と花子ちゃんの頬に手を寄せる。「アホちゃう?どっちも幸せになれる訳ないやろ」横から聞こえるツチヤの言葉は正論だ。悪魔なら皆、人間に恋なんてしない。俺たち淫魔にとって人間はただの食事なんだ。人間だって、魚や牛、鶏に恋なんてしやしない。









「お前に関係ないだろ」


「ほな、僕が契約の上書きしたとしても、アキラくんには関係ないやろ?決めるんは田中なんやから」


「ふざけんな。もう悪魔なんかに関わってほしくないんだ」


「そない言うてもアキラくん、契約中なんやろ?その時点で関わってるんちゃうの?それとも、食べるの我慢して代わりに餓死でもするんか?」


「...それも、良いかもな」


「は?...自分が何言うてるか分かっとるん?」


「俺が消えたら契約だって自然と消滅するだろ」


「...はぁ?きっしょー...自己犠牲って...ただの逃げやろ。ありえへんわ」







「そないな強がり言うて、後から田中返せ言うても遅いで」と吐き捨てる様に言ってからツチヤの姿が花子ちゃんの部屋から消えていく。しばらく様子を伺ってツチヤが完全にいなくなったことを確認した後、花子ちゃんに聞こえる筈ないのに「俺も、花子ちゃんが好きだよ」と呟いてから俺もその場を後にした。





近づいて、ごめん
(あのまま、遠くから見つめていればよかった)




花子ちゃんの言葉に応えて、好きだと口にして、抱きたかった。考えたってもう遅いのに、出会う前に戻りたいだなんて思う後悔と、抱かなかった後悔と、契約してしまった後悔と...なんて、あげればキリがない事を頭で考えて「なんで俺、悪魔なんだよ...」とため息まじりに口から漏らした。








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