『...ん...いっ、た...』






頭が、クラクラする上にガンガンする。二日酔いの様な感覚と、気怠い最悪な状態で目が覚めた。まだ薄暗いから、朝じゃない。朝じゃないけど...と、瞳を静かに開けてからぼーっと天井を見つめて、ここ、知ってる。でも私のベッドでもなければ私の部屋じゃない。そう思って起き上がると、隣にはすやすや眠る土屋先輩の姿があって、え?あれ?私いつの間に寝たっけ?もしかして...また、酔って粗相したのかな?なんて思いながら、ガンガンする頭を手で押さえて、眠る前は、何があったっけ?と頭を整理する様にギュッと目を瞑っていく。土屋先輩と居酒屋行って、それから...それから?どうしたっけ?クラクラする頭で記憶を辿る様に思い返して、ふと土屋先輩が言った言葉を思い出した。"僕とも、契約せえへん?"確かに土屋先輩はそう言った。彰の事も、知っていたみたいに。私は何故だか急いで帰らなきゃ行けない気がして、ベッドから足を下ろしていく。途端に「田中、どこ行くん?」と土屋先輩の声とともに私の手首が掴まれる。驚いてビクッと肩が勝手に震えながら、ホラー映画を見た時の様に心臓が跳ねると同時に早くなる心拍数が私の全身へ血を巡らせて、寒くもないのに身体が震えた。これが、恐怖ってやつなんだろうか。なんて冷静な頭とは裏腹に、振り返る勇気もないまま『か、帰ります...』と声を絞り出す様に口から漏らして、土屋先輩から私の瞳が見えるわけもないのに瞳を泳がせる。土屋先輩がベッドのスプリングを軋ませながらシーツ越しに私に近寄る気配がして「まだ僕と、契約してへんやろ?」なんて感情が読み取れない口調で呟くと、私は何も言えないまま、掴まれた手首を振り払う様に腕に力を込めていく。なのに、私の腕はピクリとも動かなかった。








「アキラくんの事、助けたいんやろ?」


『...え?』


「それにアキラくんは最後まで、してくれへんのやろ?」


『なっ...なんで...』


「人間の本音聞くこと位、すぐに出来るんやで?」


『...え?土屋せんぱ...い?』








さらに強く掴まれた手首がピリッと痛んだ瞬間、思い切り腕を引っ張られて私の身体がベッドへと引き戻される。そのまま土屋先輩に組み敷かれる様に倒れ込んで、気づくと土屋先輩の顔が私の真上にあって私と目が合うと土屋先輩はニコッと笑った。見慣れた笑顔な筈なのに、何故だか鳥肌が立った様なゾクリとした感覚が私を襲う。土屋先輩がいまだに掴んでいる手首がベッドへ押し付けられて、指一本も動けないし、目を逸らしたいのに、土屋先輩から何故か、瞳が逸らせない。なんで、なんで...?なんて頭の中で疑問の言葉が浮かび上がるのに、私の口からは何も出てこなかった。なのに、「アキラくんこと、どう思ってるん?」と突然問いかけられた土屋先輩の言葉に『好き』と口が勝手に動いて、「ほな、最後までしてくれへんのは、何でやと思う?」なんて続ける様に土屋先輩に問いかけられる。








『私の事が、好きじゃないから』


「そんな事ないやろ?田中はこーんなに、美味しそうなええ匂いしてるやん」


『でも彰に、好きって言われた事ない』


「好きって、言われたいんや?かわええなぁ。ほな、僕が代わりに言ったろか?好きって言われたいんやろ?」


『言われたい、彰に好きって...言って欲しいの...』


「でも彰くんは、無理してるかもしれへんで?お互い合意の上で契約したわけやない言うてたんやし、契約しとるから仕方なく、田中のこと抱いとるんやったら?田中は悲しくなるんちゃうの?」


『...悲しくて...苦しい。彰を好きなことが...苦しい...』


「せやろ?ほな、楽んなってええんやで?」







「僕と契約して、契約の上書きしたら...田中もアキラくんも...自由になれるんや」囁く様に言った土屋先輩の言葉が、私の頭を支配しているみたいに、部屋の空気の音も、物音も聞こえない。土屋先輩の言葉しか私の耳に届かない。言いたくない、思いたくも無かった黒い感情が全て出るように、私の口が勝手に動いて、止まらなくなって、私は彰が好きなのに、彰の気持ちがわからなくて、苦しくて、離れたくなる。でもそばにいたくて、彰が他の子に私の時と同じ様に身体を触れる想像をして、胸が苦しくなって、瞬きもできない瞳が痛んで、ジワリと視界が滲んでいく。勝手に溢れる涙が目尻を伝うのに、私は土屋先輩から、瞳を逸らせない。







「それとも、田中はアキラくんを、殺したいん?」


『...え?』


「淫魔なんやから、最後までセックスせえへんと、空腹で死んでまうやろ?」


『...なんで...?じゃあ、なんで彰は私を抱かないの?』


「そら、アキラくんに聞かんと分からへんけど...抱きたくない理由があるんやろ?せやったら、アキラくんを解放してあげんと可哀想やんか」


『可哀想...?』






土屋先輩の言葉が私の胸を締め付けて、"可哀想"と言う言葉が私の頭にまとわりつくみたいにグルグル回る。私といると、彰は...可哀想なんだ。ズキッと痛んでいく胸と、自然と溢れていく涙がさらに私の目尻を濡らした途端に土屋先輩から瞳を逸らせた。空気を一気に吸う様に呼吸をするのに、上手く吸えなくて、ひきつけを起こした様に涙が止まらない。私が離れないと、彰は自由になれなくて、空腹で死んでしまうんだ。何も考えずに血を与えて契約してしまったせいで、彰は苦しんでるんだ。私が彰を、縛ってる。考えれば考えるほど、胸が押し潰されそうに苦しくなって、次から次に涙が溢れていく。「田中、泣かんといて...アキラくんと契約してると苦しいやろ?僕と契約して楽んなったらええやん」と、土屋先輩が私の手首から手を離して、私の頬に手を寄せる。優しくて、温かい。苦しい、彰を好きなのに、苦しい。このままの関係で居たいけど、彰に死んでほしくない。苦しい。苦しいのは、いや。だんだん自分が何を考えてるのかわからなくなって、悲しい気持ちで喉の奥が苦しくなる。「好きやから、離れないけんこともあるやろ?今がそのときやと思うで?苦しくて1人で居れへんかったら、僕が田中のそばにいたる...せやから...」なんて土屋先輩の言葉で、私の心が揺らいでいく。なのにどうしても、離れたくないと思ってしまう。わがままで、自分勝手で、良くないことだと分かっている。だから、土屋先輩の言葉で胸が苦しくなるんだ。






「アキラくんなんて忘れて、楽んなって、ええんやで?」






思わず手を、伸ばした
(彰を、死なせたくも、縛りたくもない。私も楽に、なりたい)






頬に触れる土屋先輩の手に、手を伸ばした瞬間、バチッと静電気が起こった様な痛みが私の指先を刺激する。パチンッと指を弾く様なスナップ音が聞こえたと思ったら、私の視界が黒くなって思わず瞼を閉じるのに「花子ちゃん」と頭上から突然聞こえた彰の声に驚いてすぐに瞼を持ち上げると、彰が困った様に私を見つめながら「何、してたの?」なんて小さく笑った顔が目の前にあった。私は何が何だか理解できないまま確認する様にあたりを見回すけど、目にうつるものは見慣れたものばかりで、今自分のいる場所が土屋先輩の部屋なんかじゃなくて、自分の部屋にいる事は理解できた。理解できたはいいけどよくわからない。何で彰が怒っているのか、何で土屋先輩の部屋から突然自分の部屋に帰ってきたのか、全然、わからない。








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