『なんか...痩せました?』


「んー?そう?」





彰と契約して2ヶ月ほど経った頃、いつも通り仕事へ向かう支度をしていて、ふと、ベッドでゴロゴロしている彰を見て違和感を感じたのは、彰が以前より痩せた事に気がついたからだ。契約してからほぼ毎日彰を見ているからすぐに気づけなかったのかもしれないけれど、妙に疲れた顔をしている...様に見える。痩せた?と問いかけた私の言葉に彰は素っ気なく返事を返した後「花子ちゃんの事たくさん食べてるのにね」なんて付け加えて困った様に笑った。私は彰の言葉に、最後までした事ないのに?なんて疑問の言葉を言えなくて『そーだけど...』と口をつぐんだ。彰は「じゃあ今夜も、食べさせてくれる?」とベッドから起き上がると、私と距離を詰めてから静かに唇を奪って、私の指に指を絡める。私はドキドキと破裂しそうなほどに煩くなる心臓の音を誤魔化す様に彰から視線を逸らして、ふとそらした先で見えた時計の時刻でハッと我にかえりながら『もうこんな時間!もう行かなきゃ!』なんてシンデレラさながらの言葉を吐いて彰の指をするりと離した。彰が「いってらっしゃい」と私に手を振りながら小さく笑うから、私も思わず『いってきます』なんて小さく笑って家を出た。

















「田中、ちょっとええ?」


『はい!あ、土屋先輩。お疲れ様です』


「この前のやつ、いつ渡したらええの?」


『え?』






仕事終わりに突然問いかけられた土屋先輩の言葉で頭にはてなを浮かべると「ほら、結構前に田中のスカート僕ん家の近くでクリーニング出したやろ?」とコソッと耳打ちする様に口元を手で隠した土屋先輩の言葉で、『あ!』と思い出した様に声を上げてしまった。「なんや、忘れてたん?」と笑いながら眉を寄せる土屋先輩を見て『その節はご迷惑おかけして...』なんて苦笑いの様な笑みを浮かべてから『あの...いつでも取りに行きますので、土屋先輩の都合の良い日教えてください』なんて言葉を漏らした。これ以上憧れの土屋先輩に迷惑をかけたくない一心で口から漏らした一言に、土屋先輩は「ほな、今日とか空いてへんの?」と腕につけた時計をチラリと見つめながら呟いたかと思えば、私の方を見て答えを待つ様に私を見つめる。私は"今夜も、食べさせてくれる?“なんて彰の言葉を思い出したけれど、忙しい土屋先輩に迷惑をかけたくもないし、スカートを受け取ったらすぐ帰れば大丈夫だよね。と思いながら『大丈夫です』と口にした。





















「田中、カウンターしか空いてへんのやって。カウンターでもええ?」


『え?大丈夫ですけど...え?』






会社を出て、土屋先輩と少し話しながら歩いていると、土屋先輩が突然居酒屋の前で足を止めて「ちょっと待っとって」とお店に入ったかと思えば、すぐにお店から出てきて口にした土屋先輩の言葉に、スカート受け取りに来ただけなんですけど...。とは言えずに土屋先輩の後ろ姿に続く様に居酒屋の暖簾をくぐっていく。通されたカウンターへ座ると、土屋先輩の「とりあえず生2つ」の声が聞こえて『土屋先輩...?』なんておずおずと声をかける私に「ええやん、2人で飲む機会なんてそうそう無いやろ?たまには、僕に付き合うてや」とニコッと笑った土屋先輩の笑顔のせいか、断ることなんてできなくて『先輩命令ですか?』と冗談っぽく笑うと、土屋先輩は「あはは、そうやな。先輩命令や」なんて言って笑いながら、手に持ったメニューを私の方へと傾ける。メニューを決めている間にビールが席に届いて、土屋先輩がついでに、と頼んだおつまみを待ちながら互いのビールジョッキを合わせて乾杯する。ゴクっと喉を鳴らして流し込んだビールが私の喉を潤わしながら刺激して、何故だか彰を思い出した。彼氏でもないし、なんなら土屋先輩とそんなことになるわけもないのに、何故だかいけない事をしているみたいな気持ちになっていく。そんな馬鹿な考えが私の胸を少しだけ苦しくさせて、ふと思い出した彰とのルールを忘れる様に、ビールをさらに喉へと流し込んだ。






















「田中、耳の後ろになんか付いてんで」


『えっ?本当ですか...?わっ!』





お互いに少しお酒も進んで、仕事の話なんかもして、ひと段落したところで私の髪の毛を土屋先輩が不意に触った。途端、土屋先輩に言われた一言で、ゴミでもついてるんだろうか?なんて思いながら耳の裏を触ろうと手を伸ばすと、土屋先輩がすかさず私の耳の裏を確かめる様に触れてくる。『取れました?』と確認する様に問いかけると、土屋先輩は「なんや、やっぱそう言う事なんや」と何かを確信した様に小さく笑ってから「契約、しとるんやね」なんて耳を疑う様な事を呟いた。私は動揺が隠せないみたいに『え?なんですか?』と聞き返しながら目を泳がせるのに、土屋先輩は「田中、悪魔と契約したんやろ?」と頬杖をつきながら私の耳裏を指でなぞった。私は土屋先輩の方を見れないまま『な、何言って...酔ってるんですか?』なんて誤魔化す様に小さく笑うと、土屋先輩は「契約すると、耳の裏に焼印みたいな痕が浮かび上がるんよ」と私の耳裏を何度か指でなぞって、クスリと笑う。私はバッと土屋先輩の指から離れる様に顔を土屋先輩の方へと向けて、自分の耳裏を手で覆い隠しながら土屋先輩を見つめた。土屋先輩は意地悪そうに口角を上げてから「アキラくんは、教えてくれへんかったん?」なんて、再び耳を疑う様な言葉を口から漏らした。







動かない身体
(焦る気持ちとは裏腹に、何故だか身体が動かせない)





驚いて土屋先輩を見つめて固まった私に、土屋先輩は静かに瞬きをして私を見つめ直すと「僕とも、契約せえへん?」なんて言って不敵な笑みを浮かべていく。私の頭の中は疑問でいっぱいな筈なのに、身体も、口も、瞳さえも動かすことが出来なくて、ただ、唖然としながら土屋先輩を見つめていた。







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