「花形、ちょっといいか?」


「あぁ」






部活終わりに藤真に呼び止められて「どうした?」と近くに行くと「田中の事」と藤真は短く言って俺を見つめた。藤真の言葉にドキッとしながら俺が藤真の言葉を待つ様に口をつぐむと「気になってるって前に話しただろ?花形は俺が田中に本気になっても、文句言わねーか?」なんて真剣な目をした藤真に、俺は後ろめたさからなのか何も言えなくて、絞り出す様な声で「人の気持ちに文句言う権利なんか、俺にはないだろ」と小さく漏らした。しばらく俺達の間に沈黙が流れて、藤真が口を開いたかと思えば「本気で言ってんのか?」なんて、確認する様に問いかけられる。心の中ではひどく動揺しているくせに、俺は眉を寄せながら小さく笑って頷いて見せた。その数日後、名前も知らない女子に告白されて、花子には藤真がいる、藤真ならきっと花子を幸せにしてくれるだろう。俺じゃ、駄目なんだ。だなんて思って俺は告白にOKを出した。花子に知らせる勇気もないくせに、花子の事ばかり、想っているくせに。花子が知ったらどんな顔するだろうか。少しでも、俺のことを気にしてくれるだろうか。いや、あんな事したんだ。嫌われて、どうでもいい存在になっていて、驚きもしないかもな...。これ以上花子の側にいたら、もっと酷いことをするかもしれない。きっと俺は、花子をもっと悲しませる。なんて思った俺は、花子の側を離れる決意をした。勝手に花子を傷つけて、なのに嫌われるのが怖くて、まともに話せなくなって、ただ逃げていると言う事は自分でも分かっている。だけど、彼女ができれば自分の抑えられないこの感情が、何かが、変わるかもしれないだなんて、馬鹿みたいなことを思ったんだ。



















俺に彼女が出来て数日後、花子への気持ちが薄れる事はないまま、彼女と部活の終わりに一緒に帰ったあの日、彼女の口から”花形くんの幼馴染って、藤真くんと付き合ってるんだね"なんて言葉を聞いて、戸惑った様に言葉を詰まらせた。「そうか」でも「知らなかったな」でも、返事なんていくらでも口に出来たはずなのに、俺の口から出た言葉は初めて出来た彼女に別れを告げる言葉だけだった。俺は、自分の中で花子への気持ちに蓋をしようと決めたくせに、胸が締め付けられる様に痛くなって、その日はなかなか寝付けなかった。モヤモヤする気持ちと共に、花子の顔が見たくなって、声が聞きたくなって、久しぶりに自分からベランダを伝って花子の部屋の窓を叩いた。何度か響いた窓を叩く音に、花子からの反応はなくて、流石に寝てるか。なんて思ったのも束の間で、手にしていたスマホが震えてディスプレイを確認すると花子からの着信で俺の胸がドキッと高鳴る。すぐに通話をタップしてスマホを耳に当てると『ごめん寝てた?』と以前と変わらない花子の声が聞こえて、俺が戸惑いながら「いや...」なんて口にすると、遮る様に『窓の外に何かいるみたいなんだけど、お化けじゃないか確認してくんない?』と少しだけ焦った様な声で言う花子に、俺の胸が何故だかちくりと痛んで「その...俺だ」なんて短く口にすると、花子の部屋のカーテンが静かに開く。同時に窓ガラス越しに花子と目が合うと、花子は眉を寄せて窓を勢いよく開けながら『おまっ...!!こんな時間にふざけんなよ!?こえーだろ!!』と声を荒げた。俺は「悪い、こんな時間に」なんて言って眉を寄せながら、いつもの花子に安心した様に小さく笑って、「入っていいか?」と確認する様に花子を見つめて問いかける。花子は『親寝てるから静かにな』なんて少しだけ頬を膨らませながら俺を部屋に招き入れた。「花子の部屋久しぶりだな」と、部屋を見渡す俺に『中学の時からそんな変わってねーよ』なんて少しだけ口を尖らせながらベットに腰掛けた花子を見つめ直して「花子も、久しぶりだな」と俺は目を凝らす様に目を細める。街灯の光に照らされた花子の顔が少し赤らんだ様に見えたのは、俺の都合の良い妄想なんだろうか。なんて考えていたら花子が俺から顔を逸らして『どうしたんだよ、こんな夜中に...』と怒った様な口調で俺に問いかける。その口調ですら愛しくて、懐かしむ様に花子を見つめた。しばらく俺が黙っていると、『なんで黙ってんだよ』なんて苛立った様な花子の声が聞こえて「怒ってる...よな?」と恐る恐る花子に問いかける。







『...何が?』


「何って...」


『透がした事...?あの後話もしなくなった事?朝、一緒に行かなくなった事?...それとも透が彼女できたって...黙ってた事?』







花子の声が少しだけ大きくなって、俺は思わず黙り込んだ。彼女がいた事、知ってたのか...でももう、別れたんだ。花子が、好きだから。なんて言葉は俺の口からは出てくるわけもなくて、「それは...」と口にした途端、花子が遮る様に『もう、いいって...私達...幼馴染に戻れるよな?』なんて、震える様な声で呟いた。なんで、あんな事したのに戻れると思うんだ。と聞き間違いかと思って黙った俺に、花子は俺に顔を向けながら『全部、無かったことにするから、戻ろうぜ』と眉を寄せながら俺を見つめる。守りたかった幼馴染と言う関係を、それでも、あんな事をしてまで...壊したかった筈のただの幼馴染に戻れる。嬉しいのに苦しくて、結局俺が何をしても、何をやっても、花子の中で俺は幼馴染というカテゴリから抜け出すことが出来ないんだ。俺は一度瞬きをして「無理だ」と言いながら花子に近づいて「花子と...幼馴染に戻れるわけないだろ」と続ける様に言ってから、花子の唇に自分の唇を押し当てた。もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、これ以上保護者面して、ただの幼馴染と言う立ち位置に戻れるわけない。花子が誰かのものになるのを、ただ隣で見てる事なんて、出来るわけないんだ。そう思ったら余計に胸が苦しくて、花子に押された胸が軋んだように痛くなる。顔を逸らして『ッ...!ふ、ざけんな...っ...!』と、声を荒げた花子の手首を掴んで、ベッドへと押し倒すと、花子は睨むような、悲しむような瞳で俺を見つめた。その瞳に耐えきれなくて、逃げるようにまた花子の唇を奪って、無理やり舌を絡めとる。花子の幸せを願っているだなんて思っていたくせに、花子が俺から離れてしまうかもしれない現実から目を逸らしたくて、好きだと言う勇気も無いくせに、こんな事して、最低だって、分かってる。ドロドロになったような俺の感情を花子にぶつけて、「藤真のことでも、考えてろ...」と、馬鹿なことを口にした。自分で言ったくせに勝手に藤真に嫉妬して、素直に自分が気持ちをぶつけられないのは、弱い自分のせいなのに、藤真の名前を出した途端に花子の膣内が締まった気がして、また俺の嫉妬心が掻き立てられる。頭では分かっているのに止められないこの行動が、どれだけ花子を傷つけているのか分かっている筈なのに、花子が俺を幼馴染としか見てないことが苦しくて、なのに、こんな事をしているのにまだ俺を幼馴染として思っている事が嬉しかった。そのせいでまた俺の胸が痛くなって、汗ではない雫が俺の頬を伝っていった。







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