『...もし、もし...』


「よ」





着信を告げる音で目を覚まして、ディスプレイを確認する事なくスマホを耳に当てると、聞き慣れない声が聞こえて頭にハテナを浮かべる。寝起きの掠れた声で『誰だお前』なんて言うのもめんどくさくて、スマホを耳から離してディスプレイを確認すると"藤真"と表示されているもんだから、私は驚きつつも『なに?』と用件を催促する様に口から漏らした。藤真は「駅に居んだけど...お前、全然帰ってこねーじゃん。もう家?」なんて言うもんだから、まさかもう夕方?と部屋の時計へ視線をやると時刻は19時過ぎ。寝すぎにも程があるだろ、と自分に引きながら『学校サボって寝てたわ』と正直に藤真に言うと受話器越しに藤真の笑い声が聞こえる。笑いすぎだろ、落ち着け。つーか寝過ぎちゃった。腰いた。なんなら身体中が痛い。喉も乾いて喉も痛い。風邪の可能性もある。とか考えてたら「じゃあ田中ん家行くわ」なんて藤真の声が聞こえて、私が返事をする前に通話は切れた。人の話を聞かねー奴だ...。なんて思いながら藤真にメッセージで『来んなアホ』と送ってから身体を起き上がらせると、身体がだるくてしょうがない。マジで風邪かもしれない。と思いながら、1階へ降りて飲み物を飲んでから顔を洗った。鏡を見て驚いた事は自分の瞼が赤く腫れているし、ヨレヨレのTシャツ、首元には赤い跡。夜中の出来事を思い出させる様な痕跡ばかりで、あれは夢じゃなかったんだ。と私の胸がちくりと痛んだ。これじゃ何があったか誰でもわかるかも...。と思った瞬間にピンポーンと、チャイムが家に鳴り響いた。私は焦った様に『はーい!』と大声を出しながら、近くにあったサングラスをかけて玄関まで急いだ。






『本当に来んなよ...』


「...わざわざ来たのになんでドア全然開けてくんねーんだよ。つーかなんだそのサングラス。だせぇぞ」


『最近の流行りだぞ、知らないのかよ』


「知らねーよ。いいから開けろ」






隙間から顔だけ出るくらいに玄関の扉を開けると、藤真は不服そうに眉を寄せた。扉に手をかけて、押し売りセールスマンのように玄関の扉をこじ開けようとしてくる藤真に必死に抵抗しながら『おい、やめろ馬鹿!』なんて悪態をついていくのに、「誰が馬鹿だ、てめえ」と言ってニヤニヤしている藤真の力に私の力が敵うはずもなく、玄関の扉は呆気なく開けられる。隠れていた私の首から下を見た途端に意地悪そうに笑ってた藤真の顔が怪訝な顔に変わって「悪い、邪魔したな」と言いながら気まずそうに私から視線を逸らした。私が『いや、すげー寝相悪いから、洋服ヨレヨレなだけ』なんて小さく笑いながらバレバレの嘘を口から吐くと、藤真は「それは完全にキスマークだろ」なんて眉を寄せながら私の首を指差していく。






『蚊だろ』


「じゃあサングラス取れよ」


『女子がすっぴん晒すわけないじゃん』


「お前いつも化粧してねーだろ」


『...まぁ、部屋でサングラスするの流行ってるから』






またしてもバレバレな嘘だ。もっといい嘘あっただろ、なんて思うのに私の頭は回らずだった。藤真は溜め息を小さく吐いてから私に近づくと、サングラスを取ろうと私の顔に手を伸ばす。私は阻止する様に顔の前に自分の手を伸ばして驚いた。だって、夜中透に手首を掴まれた跡が、くっきり残っていたから。藤真は私の手首を掴むと「お前、これ...」なんて言いながら有無も言わさずに私のサングラスを取り上げた。『おま、ふざけ...!』なんて声を荒げながら、手で顔を隠そうとするのに、片方の手首が藤真に掴まれていたので、片手で両目を覆って見せる。それでも藤真に腫れた私の目は見えた様で「どんだけ泣けばそんな腫れんだよ」と藤真の低い声が玄関に響いた気がした。私は『泣ける映画見てたからさっきまで泣いてた』と言い訳の様に口から漏らすのに「電話した時寝起きの声だっただろ」なんて、藤真の馬鹿野郎はああ言えばこう言うだ。






『別に、藤真に関係ねーだろ...勝手に家まで来て文句言ってんじゃねーよ』


「...誰にやられた?」


『だから、関係ねーって...』


「関係あんだよ」






「...鈍感」なんて私の声を遮る様な藤真の声がかすかに聞こえると、私の腰に藤真の腕が回って、私の身体が藤真の方へと引き寄せられる。驚いて両目を覆っていた手を退けると私の目の前には藤真の胸があって、私は戸惑った様に藤真の顔に視線を向けながら『は?』と呟くと、藤真はバツが悪そうな顔をして「ここまでされてなんで分かんねーんだよ」なんて口を尖らせた。






「好きなんだよ」


『...え?ん?...誰を?』


「俺が、田中を」


『あー...友達として、だろ?』


「ちげーよ!好きなやつ以外にこんな事するわけねーだろ!」


『...別に、男って好きじゃなくても色々出来るんじゃねーの?』


「アホか!出来るわけねーだろ!」


『は?だって透は...』







藤真の言葉に彼女と出来ない事を私にしてくる透を思い出して、思わず透の名前を出した私はハッとして口をつぐんだ。さっきまで顔を赤くして喋っていた藤真の顔をチラリと見ると、固まった様に私を見つめて「やっぱこれ、花形か」なんて静かに言ってから私から腕を離した。しばらく私たちの間に沈黙が続いた後、藤真が私の肩に手を置いて、真剣な顔をするもんだから『なんだよ...』と眉を寄せつつ問いかけると、藤真は「俺、多分本気で田中のことが好きだ」なんて耳を疑う様な言葉を口から漏らした。『多分ってなんだよ』とツッコミを入れつつ、藤真から目を逸らすと、藤真は「俺、真剣に告白してんだけど」なんて、私の返事を待ってるかの様に私を見つめていた。





『...私は...そう言うのよくわかんねーから...』


「じゃあ、今からそういう対象で俺のこと見ろよ」


『勝手かよ』


「俺は...」





藤真が何か言いかけた瞬間、ガチャリと玄関の扉が開いた。2人して扉の方へ顔を向けると、そこには仕事終わりであろうお母さんの姿があって、思わず2人で固まってしまう。お母さんは「あらあら」なんて少しニヤニヤしながら笑った後に「花子もそんな年頃なのね」と嬉しそうにうふふ、と笑った。






Terrible timing
(付き合ってねーから)




「花子さんとお付き合いさせていただいてる藤真健司です!いつも花子さんにはお世話になってます」


「こちらこそ、花子が迷惑かけてないかしら」


『ちょ、待て待て!話し勝手に進めんな!彼氏じゃないから!!』




その日、お母さんに勝手に決められて夕飯まで藤真と一緒で、帰り際に「親公認になったな」なんて言われて思わず藤真のケツを蹴り上げた。だけど思ったよりもケツの位置が高くてムカついた。






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