『透、宿題教えて』


「...ベランダから入るなって何回も言ってるだろ」


『透だって、こんなに暑いのに窓開けてるじゃん』


「夜はエアコンだと冷えるだろ、だから開けてるだけだ」


『ふーん。ま、とりあえず入るわ』


「...というか...お前、宿題移しにきただけだろ」





『バレたか』なんて笑ってベランダの窓から透の部屋に入り込んだ夜の10時。私の部屋の真隣は透の部屋があって、小さい頃からベランダを伝ってよく透の部屋に来ていた。透は口を尖らせながらよく「危ないからベランダから入るなよ」と注意してきていたけど、どんなに猛暑日だって窓は開いていたし、寒い日でもカーテンと窓の鍵だけは開けていた。私が来るってわかってるから、あえて窓を開けてるんだと思った。だけど高校が別々になると、透はもう窓を開けることはなくて、最初は窓をドンドンと叩きながら『透ー!』なんてムスッとした表情で透を呼んでいた私だったけど、透は「こんな時間に男の部屋に来るな」の一点張りだった。『幼馴染なんだし関係ねーだろ』なんて言った私に、透は眉を寄せながら「駄目だ」と言って窓の鍵とカーテンを閉めていったのを今でも覚えてる。透の部屋でただダラダラ過ごしていた時間が、一人でダラダラするだけの時間に変わっただけで、そんなことで透を嫌いになるわけじゃなかった。朝は毎日のように一緒に登校して、帰りだってタイミングが合えば一緒に帰る。テスト期間も被れば透に勉強を教えてもらって、休みの日だって透の部活終わりに翔陽高校の体育館に顔を出して、透のバスケの話を聞いたり、たまに2人でゲームをしたりしていた。何も変わらない、ただの幼馴染で親友と言う私たちの関係は、これからもずっと続いていくんだと、あの日透が私にあんなことする前までは、そう思ってた。ただあの日は下着をつけ忘れただけで透があんなに怒るなんて思わなくて、私はその後から透にどう接していいか分からなくなっていった。朝はいつもの様に透に挨拶をしていって、電車に乗って互いの高校の最寄駅が来るまで普通に通学する。帰りだってタイミングが合えば一緒に帰るし、休みの日だって透の部活が終わる頃に体育館に顔を出したりする、以前となんら変わりのない筈の日常が、どこか私には違って見えた。そんな私とは裏腹に、透は何も変わらなくて、逆にその態度に私は救われていたんだと思う。このまま何も変わることがない日常が、ただ過ぎていけばいいと思った。これからもずっと、透は幼馴染で、私の親友だ。















「俺いい店知ってるよ」


『だから...!行かないってば!』


「そんなつれないこと言わずにさー、行こうよ」


『離せよ!』





いつもより少し遅くなった帰り道で、人生初のナンパにあった。普段の私なら絶対に声をかけられない筈なのに、今日は友達のサワちゃんに「化粧の練習台になって!絶対可愛くするから!」なんてお願いされて練習台になったは良いものの、スカートを短くされて、いつもスカートの下に履いているジャージも取り上げられると「今日はこのまま帰りなよ!すごい可愛いから!」なんでベタ褒めされてそのまま帰宅する事にした。普段可愛いなんて言われ慣れていない私は、嬉しすぎて浮き足立った様な足取りで最寄りの駅へと降りていく。そこで出会った人生初のナンパに少し感動していた矢先、腕を引っ張られて強引に何処かへと連れて行かれそうになっていた。掴まれた手を振り払う様に『やめろってば!』なんて声を上げたりなんだりナンパ男とやりとりをしていた私の後ろから「悪い、待たせたな」なんて声が聞こえて、振り返るとそこには藤真が立っていた。ナンパ男は「チッ...彼氏待ちだったのかよ」なんて小さく呟いてから私の腕を離すと、駅の方へと姿を消していく。藤真はナンパ男が私から離れたのを確認すると、私の方なんか見向きもせずに何処かへと行こうとしていて、私は思わず『待って藤真!』と藤真に声をかけながら藤真の肩にかかったエナメルバックの紐を掴んだ。藤真は私の方へ振り返ると「知り合い?でしたっけ?」なんて言って眉を寄せていく。私は『は?何言ってんの?私だよ?」と自分の方を指さすと、藤真は「私私詐欺とか引っかからないんで、それじゃ」なんて言って私がエナメルバックの紐を掴んでいることなんかお構いなしにスタスタと歩いていって、私は『いやいや、透の幼馴染の...田中じゃん』と困った様に笑うと藤真の足がピタリと止まる。その瞬間に藤真の背中に顔が当たって、鼻が端折れるかと思って『いてて』なんて言いながら手で鼻をさすっていると、いつの間にか振り向いた藤真が私の顔をじーっと目を細めながら見つめていって「は?マジで?わかんなかった」とかなんとか。私は鼻をさすっていた手をどけていって『そーだろ?めちゃくちゃ可愛いだろ?』なんて言いながらニコッと笑うと、藤真は「可愛いとは言ってねーけど...」なんて眉を寄せていく。





『そうですか...可愛くないですか...』


「まぁ、いつもの色気のねえ格好よりは良いんじゃねーの?」


『素直に可愛いって言えよ馬鹿!』


「馬鹿じゃねーよ!馬鹿って言った奴が馬鹿!はい、お前馬鹿」


『はぁ!?藤真って顔はいいけど性格がゴミだな!?』


「ごっ...!?お前、女の癖に口悪すぎるだろ!」





ずいっと私に顔を近づけて眉を寄せた藤真の「女の癖に」と言う言葉に私は口を尖らせながら『どーせ私は女らしくねーよ』なんて言って帰ろうと藤真に向けた身体を方向転換させていく。藤真は私の腕を掴むと「おい、遅いし送ってく」と言っていたけど、私は『女らしくないんだから大丈夫だよ』なんて言って眉を寄せていった。藤真は小さくため息をついて「また、さっきみたいなのに絡まれたら嫌だろ」と、私と並ぶ様にして移動しながら肩を小さくすくませる。私は『...わかった』なんて言って続けるように『サンキュー藤真』と困った様に笑った。藤真は「お前、十分女らしいと思うぜ」と私から顔を逸らして言うもんだから、さっきの事を悪く思ってるんだろうか?なんて思って、『変な奴だな。まぁ嘘だとしてもお礼くらい言ってやろう』と笑いながらそう言って藤真の腕を肘でこづいていく。




「口だけは悪いけどな」


『藤真もだけどね』


「あっそ」




そんなやりとりをしながら歩いてたはいいものの、ふと疑問に思った事は何で藤真が私の最寄り駅に居るのか?と言う事だった。『藤真って最寄駅ここなの?』と問いかけた私に「いや、今日は花形の家行って部活の話してただけ」なんて答えが返ってきて『じゃあ、また戻らせちゃってごめんな』と私の言葉に藤真が眉を寄せていって「素直になると気持ち悪ぃな」なんて言ってワザとらしく引いた様な顔をしていく。私はムッとした様に『気持ち悪くねーよ!ばーか!』なんて言いながら藤真の肩をバシッと叩いた。




「痛えな!馬鹿力かよ!?」


『そんだけムキムキなら痛くねーだろ!』


「アホか!お前よりか弱いわ!』


『私の方がか弱いし!なんなら私は女の子だし!』


「こう言う時だけ女の子とか言ってんじゃねーぞ!?」





なんてギャーギャー騒ぎながら歩いていくと駅から割と近い私の家の付近まで既に到着していて「藤真?何か忘れ物か?」と、後ろから聞きなれた声が聞こえて藤真と同じタイミングで振り向くと、透がレジ袋を片手に持って驚いた様な顔をして私と藤真に視線を行き来させていた。私は『透!』なんて声を出して透を呼んだけど、透は一度私を凝視して気付いた様に「花子?」と私の名前を呼んでいく。私が小さく笑って『可愛いだろ?』なんて言って透にピースサインを見せると、透は私の腕を掴んで何も言わずに歩き出した。強く握られた腕が少しだけ痛んで『透?おい!透ってば!』なんて私の呼びかけに何も答えない透が、この前の...私にあんな事をした時の透みたいで、私の背筋にゾクッと何かが走っていく。そのまま透の部屋に連れて行かれると、透のベッドに強く放り投げられて『透...?』と、眉を寄せながら透を見つめる。透は「なんだその格好」なんていつもよりも低い声でそう言って、私は『なんだって...』と言葉を濁しながら透から視線を逸らしていく。透はベッドにいる私の上に覆い被さると「藤真と、何してた?」なんて言って私の顔横に手を置いていった。










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