あの日、駅で待っていてもなかなか姿を見せない田中が、またナンパでもされてるんじゃないか。なんて心配して電話をかけた。呼び出し音が鳴るたびにドキドキして、『もしもし?』と掠れた様な声が聞こえて、一瞬泣いているんじゃないかと思った。花形に彼女が出来たことを、1人で悲しんでいるんじゃないかと思って。「よ」と短く声を出すと、少しだけ沈黙があって『誰だお前』なんて不機嫌そうに言われて、は?俺の番号登録してねーのかよ。なんて不安になった俺に『なに?』と突然いつもの田中の声が聞こえて、ホッとしつつ「駅に居んだけど...お前、全然帰ってこねーじゃん。もう家?」なんて問いかける。それとも、どっか1人でいんの?と続ける前に『学校サボって寝てたわ』なんて馬鹿なことを口にした田中にホッとして思わず笑ってしまった。なんだよ、心配してた俺が馬鹿みてえじゃねえか。そう思って思わず「じゃあ田中ん家行くわ」と勝手に口から漏れていた。ただ、会いたくなった。そう、素直に言えれば良いのに。俺も案外ヘタレかも。なんて思いながら田中の家に向かって、ゲームの新作が出たガキじゃあるまいし、何を俺はこんなにソワソワしてるんだ。なんてドキドキ煩くなっていく心臓の音を誤魔化す様に呼び鈴を鳴らした。玄関から顔を覗かせた田中は何故だかサングラス姿で、やっぱり泣いてたのか。花形のことで?とは聞けない俺は、しょーもないやりとりをした後に無理やり田中の家の玄関の扉を開いていく。そこで見えた田中の姿に唖然としたのは、目立つ様についた首元のキスマークと、よれたTシャツが目に入ったから。彼氏、いたのかよ。なんて凹みつつも、もしもこれが今さっきついたのであれば、今彼氏が家にいる。つまり最中だったってことだ。なんて思って「悪い、邪魔したな」と、いつもよりも低い声が俺の口から漏れていく。田中は焦った様に言い訳を並べていたけど、サングラスを取る時に見えた手首の跡に、合意の上でやったことではないと気がついた。こんな時に花形は何やってんだよ。お前の大事なやつが、ひでえ目にあってるって言うのに、彼女なんか作って、逃げてるつもりかよ。なんて花形に苛立って、自分にも苛立った。田中の痛々しく腫れた瞼と、首に残ったキスマークと、手首に残った跡を確認する様に見つめて、何でもっと早く、電話しなかったんだと後悔した。どこでやられた?誰に?どこまでされた?色々と聞きたい言葉が頭に浮かんで、傷つくかもしれないと思って口をつぐんだ。それと同時に、この跡をつけた相手を想像して、まさかな。と思った。花形がこんなこと、するわけない。俺の知っている花形は誠実で、田中だけを、見ていた...と思う。なんて思いつつ関係ない、と言い張る田中に「誰にやられた?」なんて問いかけると『だから、関係ねーって...』と俺から逃げる様に視線を逸らした田中に「関係あんだよ」なんて声を荒げた。田中の腰に手を回して、無理やり抱きしめた。こんなこと、怖がられるかもしれないと思いながら、泣きたいなら俺の胸で泣けば良いのに、1人で泣くなら、俺を、頼れば良いのに。と、叶わない恋をしているかの様に感傷に浸っていると『は?』なんて間抜けな声が聞こえて、俺は思わず眉を寄せた。「ここまでされてなんで分かんねーんだよ」と口を尖らせつつ覚悟を決めて「好きなんだよ」と田中を見つめる。田中は『あー...友達として、だろ?』
と言葉を濁して、更には『透は...』と花形の名前が出た時に、相手が花形だと悟った。同時に花形でよかった。とホッとしたのも束の間で、俺はもう失恋確定だと思った。分かり切っていたはずだったのに現実を突きつけられると悲しいし、田中をこんなにした花形に1発お見舞いしないと俺の気が済まない。そして田中の母ちゃんが作るご飯は死ぬほどうまかった。





















休日の午前練が終わった後、花形に1発お見舞いしてやろうと花形が帰る前にそそくさと体育館を抜け出して、花形の家の近くのコンビニまで来て思わず田中に電話した。暇だったのか田中はすぐにコンビニにつくと「奢ってやるよ」と言った俺の言葉を聞いて素直にアイスを手に取った。コンビニ前でアイスを頬張る田中に「お前、花形の事どう思ってんの?」なんて、ずっと聞きたくて聞けなかった言葉を口にすると、田中は『どうって...別に?普通の幼馴染だろ』と気にする様子もなくそう言った。いやいや、あんな事されて普通の幼馴染なわけねーだろ。と思いつつ「どこまでされたか知らねーけど...普通は嫌いになるんじゃねーの?」なんて眉を寄せる俺を少し見つめて、田中はうーん、と首を傾げる。いや、待て。こいつは鈍感なんだ。自分の気持ちにも鈍感な場合もあるぞ。花形が好きって、気づいていないのかもしれない。そうか、そうだったのか。やはり馬鹿なのか。と思いつつ「じゃあ俺の事は?」なんて質問した俺もやはり馬鹿だ。失恋覚悟で聞いたくせに、『藤真は...友達にしか見えねーよ』と言われてしまうと傷ついてしまうのは思春期ならではだ。いや、普通に大人になっても辛いと思う。「だよなー」と田中が変に気を遣わない様に、笑ってみせた。あわよくばキスしようとして、脛を蹴られたのは確実に自業自得だった。本当はあわよくばなんかじゃない。本気で俺は、田中にキスしようとしてたんだ。振られたくせに、未練がましく。結局、花形のことをどう思っているのか答えは聞けなかったけど、多分田中の中で気づく事があるだろう。それがわからなかったら2人揃って本当の馬鹿野郎だ。その日、田中と別れて電車に乗って、地元の駅に着いてから何の目的であのコンビニにいたのか思い出してハッとした。花形に1発お見舞いしてやろうとしてたんだ。フラれた事でナイーブになっていた俺は次の部活で会った時に思い切り殴ってやろうと思って布団に潜ったけど、なかなか寝付けなくて次の日は部活に遅刻した。フラれて寝坊して監督が遅刻するとか散々だ。なのに花形はスカッとした顔して部活にでやがる。今日はお前を殴る日だぞ。覚悟しろこのヘタレ。なんて思いつつ、部活後に花形を呼び出した。







「花形、田中のことで話しあんだけど」


「あぁ...俺もだ...」






気まずそうに返事した花形に俺の直感がなぜだか動いた。こいつ、まさか。と思ったら案の定田中と付き合った報告だった。何だこいつ、いつの間に彼女と別れたんだ。なんて言葉は俺の口からは出てこなかった。代わりに「田中泣かせんじゃねーぞ、馬鹿野郎」と潔く悪態をついた。散々俺を振り回しやがって、と眉を寄せた瞬間に、『透!あ、藤真も』なんて猿女の声が聴こえて花形に1発お見舞いするのをやめた。昨日振られたばかりの俺には眩しいくらいの笑顔で、バカップルのために振り回されるなんて馬鹿らしい。と思いながら「うっせー、怪力」と口を尖らせると、床に転がったボールを拾ってとりあえず花形めがけてぶん投げた。






俺様愛のキューピッド
(本気になりたくなかった)



「俺の目の前でイチャイチャしたら、本気でけつ叩くからな!」




(2021/08/19)


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