「ただいま」



『牧くん、おかえりなさい』




牧くんが帰ってきたのは日付が変わるちょっと前だった。あらかた綺麗にしたつもりの家に牧くんは驚きながら「いい匂いだな」なんて言ってキッチンに立った私の近くに寄ってくる。




『冷蔵庫の食材勝手に使っちゃったけど、良かった?』



「あぁ、助かるよ。ほとんど使い物にならなそうなものだっただろ」



『ダメそうなものは袋に纏めて置いておいたよ。ご飯食べる?』



「あぁ、着替えてくる」




なんだか新婚みたいな会話してる。なんて思いながら、私はダイニングテーブルにお皿を並べていく。料理は小さい頃からやっていたから自信はあるけど、牧くんの口に合うだろうか...。私は不安になりながら、牧くんの着替えを待っていた。牧くんは絶対に入るな。と言った部屋からスウェット姿で出てきて机の上を見るなり「豪勢だな」と小さく笑う。私は嬉しくて『口に合うといいんだけど...』と言って照れ臭そうに牧くんから視線を外した。





「一緒にどうだ?」



『え、いいの...?』



「なんだ、本当にまだ食べてなかったのか。それじゃ一緒に食べよう」




牧くんが食べ終わってから1人で食べようとしてたから、私は驚いて『うん!』なんて上擦った声を出してしまう。それと同時に急いで自分の分をお皿によそって、食卓の席に着くと、牧くんは「田中は忙しないやつだな」と言って笑っていた。




「それじゃ、いただきます」



『いただきます』




そう言って牧くんが手を合わせて、私も同じように手を合わせるけど、牧くんの反応が気になってじーっと感想を待っていた。牧くんは「そんなに不安そうな顔しなくても、美味いよ」と言ってフッと笑う。私は嬉しくて笑って『よかった』と言って自分もお箸を持って口にご飯を運んでいった。





『牧くんって、いつもこの時間に帰ってくるの?』



「んー...大体この時間だな。今日みたいに待ってなくても、先に休んでていいからな」



『でも...夜中に夜食が欲しくなったりするかもしれないし…牧くんが休むまで起きてるよ?』


「それはそれで助かる。しかし夜更かしすると肌に悪いぞ」






「田中は昔から肌が綺麗だから」なんて優しく笑って、私はドキッとしてしまう。昔からってまるで、昔から私の事気にしてくれてたみたいじゃない。牧くんにはなんてことない一言でも、私は伝えられていなかった想いがある分その言葉に期待してしまう。別にまだ牧くんの事が好き。という訳ではないけど、伝えられてない想いというのは色褪せていくというよりは、綺麗な思い出になって行くものだ。高校の時に人気もので、なんでもそつなくこなす、かっこいい牧くんを好きだった思い出から、私は抜け出せない。だからこそ、今の牧くんが余計に輝いて、かっこよく見える。しかも、同じクラスで牧くんを見ているだけだった私には、この状況に耐えられないくらいドキドキしていた。何年経ったって、牧くんはなんでもそつなくこなす、かっこいいヒーローみたいな人だ。それにしても、牧くんってイケメンだし、本当に私なんかが住み込みで働いててもいいんだろうか?彼女とか、連れてきたりとかしたら、気まずくならないのかしら。そんなこと思っていたら、牧くんが「部屋が随分綺麗になったな。ありがとう」と言ってニコッと笑う。私はなんだか胸が熱くなるのを感じて、それを隠すようにゴクリと口にあるご飯を飲み込んだ。




『こちらこそありがとう...』



「ん?」



『私、あの日牧くんにあってなかったら本当に死んじゃってたかもしれないし...牧くんの家政婦になれて幸せです』



「何言ってるんだ、まだ1日目だぞ。田中が辞めたいって言うまでは、頑張ってもらわないとな」



『あはは、最高の条件だね』



「うーん、そうか...?それよりその、死んじゃってたかもってなんだ?」



『あー…あの、暗い話になるけど大丈夫かな?』



「あぁ、話してくれ」




『私、大学の時に親が交通事故で亡くなっちゃって、そこから大学辞めてフリーターやってたんだけど、この前バイト先は景気が悪すぎて潰れて、住んでるアパートは家賃は安いけど来月には潰れる予定だったの…だから…本当にありがとう』



「そうか…壮絶だな…」



『ごめんね、こんな話して…』


「いいや、田中の事が知れて嬉しいよ。それに、そんな大変な時に出会えて良かった。」



『あはは、私も。あの時ぶつかったのが牧くんで本当に良かった』



「なら田中の気のすむまで、俺についてくればいい…なんてな」



『牧くん、それプロポーズみたいで…恥ずかしいよ…』



「そうか?俺は結構本気だけどな」




牧くんはそう言うと、フッと笑ってご飯を口に運んだ。私はと言うと、言われた事の意味を深く考えてしまって、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。そのせいで、自分が作った自信作のおかずの味も、緊張して何も感じない。早くなってく心拍数が、牧くんに聞こえませんように。なんて思いながら、私は誤魔化すみたいに箸を進めた。


















ご飯を食べ終わった後片付けをしている時に、牧くんが部屋に「案内する。」なんて言って案内してくれた部屋は、私が前に住んでいたアパートよりも広くて8畳?10畳?くらいあった。フカフカのベッドがあって、お姫様になった気分になる。『私、家政婦なのにこんな贅沢していいのかな...』なんて言うと、牧くんは「客室だけどな」と眉を寄せて小さく笑った。





「今日はもう休むといい。また明日、よろしく頼むよ」



『こちらこそ、明日もよろしくお願いします!』



「おやすみ」



『あ、牧くん、明日の朝は、何時に起きるの?』



「明日は...というか朝は大体6時起きだ」



『朝ご飯、用意しとくね』



「あぁ、助かるよ。おやすみ」



『おやすみなさい』





ペコリと頭を下げて、ドアが閉まるのを確認するとすぐにベッドにダイブした。スプリングが柔らかいのか、沈み込んでいくような素材のベッドマットが心地いい。本当にこんな贅沢、してもいいんだろうか。それに牧くんと一つ屋根の下で暮らせるなんて、本当に夢見たいだった。





『夢だったら覚めたくないなぁ...』





ポツリと呟いた私の言葉が、広くてガランとした部屋に響いた気がした。






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