『いたた...す、みません!大丈夫ですか!?』



「あぁ....こちらこそすまなかった。え?あれ、田中…?」



『…え?ま、牧くん!?』




手を差し伸べて驚いて名前を呼ぶと、本当に田中で、高校の頃より少し大人っぽくなっていた田中の姿に正直ドキッとした。コーヒーがかかった俺に視線を移した田中が『牧くんスーツが!ご、ごめん!弁償します!』なんて言ったけど、俺は全然気にしてなんかなくて、ただ田中に久しぶりに会えたことがなんだか嬉しかった。差し伸べた手を握られたと同時に胸が熱くなって、勢いよく腕を引くと、俺の胸に飛び込んでくるような田中に更に胸が熱くなっていくのがわかった。ここら辺に、住んでるんだろうか。随分ラフな格好で、スッピンであろう田中の顔は高校の時とそこまで変わってないはずなのに、どこか大人っぽくて、なんだか色っぽくも感じた。話してる途中で仕事のことを思い出して、思わず田中の腕を引いた。このまま話していたくて、田中を強引に車に乗せたのに、田中は嫌がるそぶりを1つも見せずに俺のスーツの心配ばかりしていた。優しさも、1人で騒がしいようなところも、高校の頃と何処も変わっていない田中になんだか俺は笑ってしまう。



「今、住み込みの家政婦を探してるんだが、家政婦になってくれたら弁償の話は無しにしよう。」



ずっと弁償する、と言って聞かない田中に冗談まじりに言った言葉だったのに『是非!やらせてください!!』なんて田中は前のめりで言ってきて、俺の手をギュッと握った。驚いたと同時に「冗談だよ」なんて言葉が出てこなくて、言葉をつまらせたけど、すぐに「え?本当に大丈夫か?だけど旦那さんとか、恋人とか仕事とか…」と、確認するみたいに質問すると、田中は目を輝かせたまま『未婚だし、付き合ってる人もいないし、なんなら無職で仕事探してたし!逆に嬉しい』なんてまっすぐ俺を見つめるもんだから、田中に握られている俺の手が、どんどん熱くなっていって、田中にバレるんじゃないか。と勝手に内心ドキドキしていた。俺と一緒に住む事が大丈夫か聞くと、田中は「大丈夫」と言ってニッコリ笑う。そんな即答で大丈夫って言われるのも、困るんだよ田中。なんて男として意識されてない返答に、嬉しいような悲しいような...と思いながら俺は眉を寄せるのに、田中は変わらず笑ってた。














家政婦なんて雇った事がない俺は、冗談で言ったはずだった家政婦の話を受け入れてくれた田中の為に、わざわざ書類を一から作って田中を雇った。田中が家にいる毎日が嬉しくて、楽しくてしょうがなかった。高校の頃は、好きかどうかなんて分からなくて、ただ日誌の一言が気になっただけなんて言い訳にして目で追ってるだけだったのに、信じられないことに俺は田中と一緒に住んでいる。「最近上機嫌ですね」なんて秘書に言われるくらいに俺は浮き足立っていた。馬鹿みたいだけど、俺は今人生を楽しんでいる。なんたって家に帰れば美味しくて温かいご飯が待っていて、何より田中が笑ってる。恋人と同棲しているような感覚の俺とは裏腹に、田中は高校時代と何も変わらない、ただの同級生として俺と接しているみたいだった。男と見られていないこともショックだったけど、田中と過ごせる日々は楽しい。と、思いながら過ごしていたら、田中が家政婦になってから3ヶ月が過ぎていた。事が起こったのはそんな日で、いつも通り朝食を済ませて、いつも通り田中に「いってくる」と言って家を出る。だけどスマホを忘れたことに気付いて家に戻ると、俺の部屋の扉が少し空いていて、思わず部屋に入るとベッドの隙間に田中が縮こまっていて、なんだか笑えた。「入るな」と言ったのは、田中に俺の部屋を見られる事が恥ずかしかった事もあったけど、田中が俺の部屋にいたと言う事実に、俺の理性が我慢できそうにない気がしたからだった。なのに、今、田中が俺の部屋に居る。今までの関係を変えたくないし、抑えなきゃいけないのなんかわかってるのに、俺は「入ったな?」なんて脅すような声を出した。『す、すみません!掃除したかっただけで、何も見てませんから!』と、声を出した田中に、何か変なものなんかあったか?なんて周りを見回して、ベッドの上の手枷が目に入る。これか...なんて小さく笑って「ちょっと待ってろ」と俺は会社に休みの連絡を入れる為に部屋から出た。会社のビンゴ大会で、無理やり渡されたジョークグッズに田中が本気で俺のだと思ってることに小さく笑って、同時にチャンスだと思った。このまま雇い主と家政婦の間柄で過ごしても楽しいだろうけど、男として見られていないと言う事が、俺は酷く悲しかった。田中にやっと触れられると言う高揚感と、嫌われるんじゃないかという不安感が俺の心を支配してるみたいで、俺の胸がギュッと痛むのと同時に熱くなる。だけど止められるわけなんかなくて、俺は部屋に戻ると田中の腕に手枷をはめた。







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