『ハッ...ハァ...やばい...!!』






土曜日の朝、私は学校へ向けて足を早める。昨日の夜、なかなか寝付けなかった私は案の定寝坊して、目を覚ますと時計の針は10時を指していた。練習試合の開始時刻が10時30分。完全に遅刻だ。これから化粧して準備して、髪の毛セットして制服に腕を通して、なんていつも以上の速度で身支度を整えて電車に乗り込んだ。電車に乗っている時間がとてつもなく長く感じて、私の気持ちは焦る焦る。本当やばい、なんで今日に限って寝坊なんてしてしまったんだろう。仙道、怒るかな。仙道って怒ったらどんな顔するんだろう。それとも、「まったく」なんていって呆れるかな。なんて、焦る気持ちとは裏腹に、私は仙道の事を考えてなんだか胸が熱くなる。学校の最寄駅についてから猛ダッシュした私は、学校に着くと肩で呼吸するくらいに疲れていた。私はスーッと深呼吸して呼吸を整えた後、体育館へと足を急がせる。体育館の入り口に着く前に大勢の女子の歓声が聞こえて、なんだなんだ。と思って中を覗くと仙道がシュートを華麗に決めた瞬間だった。なんだか見惚れたように動けなくなった私は、女の子達の「仙道くーん!」なんて声で現実に帰ってきたみたいにハッとする。バスケを体育の授業でしかかじった事のない私にだって、仙道のシュートフォームは綺麗で、仙道がすごい奴だって一瞬でわかった。なんだか、仙道ってすごい遠い人なんだ。って仙道を見つめながら私は胸がチクリと痛む。その痛みが何なのかわからないまま、ピーッと聞こえた笛の音が体育館に鳴り響いた。その音でざわついた観客の声と、足を緩めた選手たちのフーって呼吸を整える姿を見て、試合が終わったんだって理解する。







『え?終わっちゃった...』






小さく呟いた私の声が挨拶を終えた仙道の「田中!」って声にかき消されるみたいに消えていって、私は仙道に向けて小さく笑った。馬鹿、みんな見てるじゃん。なんて思うのに、そんな小さな事で、私の胸は仙道でいっぱいになってくみたいに熱くなる。だけど、仙道に向かって駆け寄ってきた女の子たちが仙道の周りを囲って、タオルやらお菓子やら何やら渡していて、そんなもの用意してこなかった私は、なんだか自己嫌悪に陥る。女の子に囲まれた仙道は困ったように笑っていたけど、私は何だか見たくなくて仙道から逃げるように体育館の入り口から外に出た。なんで、見たくないなんて思うの。前まであんなの、普通だったじゃない。思った私は動揺する気持ちを抑えるみたいに胸に手を当てて、自分の制服をギュッと握りしめる。なんで、こんな気持ちになるの。なんて思いながら近くの階段に腰掛けて、膝を抱えてうなだれた。暗くなった気持ちにどんどん拍車がかかるみたいに、仙道が女の子たちといる映像が頭から離れない。手を掴むのだって、キスをするのだって、セックスをするのだって、仙道にはなんて事ない事なのかも。たまたま身体の相性がいいってだけで、焦って転がされてるのは私だけ、女の子の噂が絶えないって事はそう言う事をしてるのは私だけじゃないって事で、火のないところに煙が立たないのと一緒だ。







「田中...?」







聞こえた声に頭を上げると、首にタオルをかけた越野がいて、なぜか顔がビシャビシャだった。『越野、顔汚い』なんて眉を寄せる私に、越野は「顔洗ってたんだよ。つーか、なに泣いてんの」と言って私の顔を覗くようにして腰を屈めてくる。泣いてるって、何言ってんのよ。なんて指で触れてみると自分の頬が濡れていて、驚いたのも束の間、越野の首にかかったタオルが私の頭にパサリと被さった。少し湿っぽいタオルから越野の香りがして、なんだかホッとしてしまう。







『化粧ついちゃうよ』






「俺が使った後でいいならどーぞ」







そう言ってドカッと私の横に座った越野が私の顔を凝視してるのが見えて、恥ずかしくなって頭に掛かったタオルを顔に押し当てた。『何見てんのよ』なんて口を尖らせると、「泣いてる顔初めて見た」とかなんとか。そりゃ私だって人前で泣くのなんか何年ぶりって感じだし、自分でも涙が出てるなんて気づかなかった。なんで、涙なんか出るの。仙道の馬鹿な姿を見ただけ、いつもみたいに、女の子に囲まれてる仙道を見ただけじゃない。なんて思いながら越野のタオルをギュッと掴む。







「相談、のってやってもいいけど?」






『...言わない。越野口軽そうだもん』






「馬鹿かお前?ダチが泣いてる理由を周りに言いふらしたりしねーよ」






『あっそ...』






「当ててやろうか」






『言わないってば』






「仙道だろ?」






言われた言葉にガバッと顔を上げると「当たり?」なんて意地悪そうに笑った越野が見えた。何、なんでわかるの?エスパー?分かりやすすぎた?って頭の中でグルグル回る言葉とは裏腹に、私の口からは『うるさい』の一言しか出なくて、また私は顔をタオルに埋めていく。







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