「お?南?南やん!」


「ゲッ...」


「あはは、僕に会えてそんなに嬉しいんや」


「アホ、聞こえへんかったんかい」





お盆の期間に帰省すると、家の近所で土屋が声をかけてきた。まだここら辺に住んどるんか。アホか、ここら辺歩くなボケ。ここら辺で呼吸すんな、息止めろ。なんて心の中でぼやいていた言葉が思わず口から出てたみたいに土屋が「傷つくわー、そないに僕が好きなん?」とか訳わからんことを言っていて、俺は思わず眉を寄せる。それと同時に土屋の背中から顔を出した淳子が見えて、俺は驚いて何も言えなくなった。




「あ、南くん...久しぶり。元気だった?」


「おぉ...そっちは?」


「うん、元気だよ。大阪に帰ってきたの?」


「いや...お盆やから...え?あ...」





言ってる途中で思わず口をつぐんだのは、土屋の背中から出てきた淳子のお腹が大きくなっていたことに気づいたからで、俺は「おめでた?」なんて淳子のお腹を指で刺した。淳子は恥ずかしそうに「あはは、そうなんだ。もうすぐママだよ」と言ってお腹を撫でながら柔らかく微笑む。土屋と淳子は随分前に結婚した。結婚式に出た時はほんまに胸が痛かったのに、俺は今、お腹の大きくなった淳子を見ても胸が痛みはしなかった。「幸せそうで、何よりやで」と、笑った俺に淳子は「う、うん...南くんは?」と俺にちらりと視線を移す。俺が「俺も今幸せやで」と口にしようとした瞬間に、遮るみたいに『南主任ー!!』と声が聞こえて、俺は思わず声のする方を振り返る。『ちょっと、自販機、すっごい遠いじゃないですか...!』と、走ってきた田中が肩で息をしながら怒っている姿が見えて、思わずフッと笑ってしまった。




「あったやろ?そこに」


『そこってどこ?って感じでしたけどね!』


「この前からダイエットする!言うてたやん。丁度ええやろ?」


『全然痩せてるやんって言ってくれたのは誰でしたっけ!?』





言いながら田中が気づいたみたいに土屋と淳子を交互に見つめて、すぐに俺へと視線を移す。俺が「同級生の土屋と、その奥さんの淳子さん」と、軽く説明した後『は、はじめまして!田中と申します!不束者ですがよろしくお願いします!』なんて意味のわからないことを言って頭を下げていて、淳子は「あ、こちらこそ。よろしくお願いします」と言って頭を下げていたけど、土屋は怪訝そうな顔をして「ちょっと来て」なんて言って俺を引っ張ると、内緒話するみたいに俺の肩に腕をまわして、口に手を当ながら「その...」なんて言い辛そうに口を開いた。






「なんや」


「あの、めちゃめちゃ淳子ちゃんに顔が似とるんは...?」


「俺の彼女やけど」


「南、やっぱ淳子ちゃんの事忘れられてへんの?僕譲らへんよ?」


「アホか、全然似てへん。似て非なるものやし、田中はめちゃくちゃ変態やぞ」


「え?ほんま?何それ、ちょっと興味あるわ」


「やめとけ。そんで田中はめっちゃ可愛ええ」


「あはは、なんやねんその惚気。淳子ちゃんの方が可愛ええとは思うけど、幸せそうやね」


「土屋も、幸せそうやな。パパなるやん」






「おめでとう」と言った俺に土屋が一瞬驚いたような顔を見せて、あはは。と緩く笑った後に「おおきに」と言って俺の肩から腕を離した。瞬間に田中の方へ顔を向けると、淳子と何か談笑をしてるみたいで、俺と土屋はしばらくその光景を見つめていた。






「子供ってええよな」


「なんや、結婚でも考えとるん?」


「まぁ...な」


「えー!?ほんま!?なんやそれー!今日もほんまはお盆やのうて親への紹介やったりするんちゃうの?」


「...」


「...え?え?図星?やばない?岸本にも教えたろ」


「うっさいわボケ」





眉を寄せた俺にニヤニヤしながら土屋が前のめりに言ってきて、俺は怒ったみたいに口を尖らせた。土屋との会話に勝手に恥ずかしくなった俺は「田中、そろそろ行くで」と話し途中の田中に声をかけて、田中に近寄ると『え?なんか予定ありました...あー!そうですね!いきましょう!』とかなんとか何かを察したように声を張り上げる。別に今日の予定なんて大阪観光をして回るだけ、特にこれといった予定はなかったのに、田中がそう言って『ありがとうございました!また会ったらよろしくお願いします』だなんて淳子に頭を下げて俺のところに小走りで近づいてきた。土屋は「ほな今度飲みに行こうな」と、俺に手を振るみたいに手をあげて、淳子は「またね」なんて言ってにこやかに笑う。俺はというと「安産祈願しとくわ」とかなんとか。そんなやり取りをしてから少し歩いたところで田中が足を止めて『さっきの人ですよね?』と小さな声で呟いた。





「なにがや?」


『南主任の、忘れられない人って』


「...だった、な」


『私に、なんとなく似てましたね』


「なんとなく、やけどな」


『代わりって、事ですか?』


「は?」




田中の声のトーンが下がっていくのと同時に、振り返ると下を向いた田中の足元が濡れていて、泣いてるんだって理解する。なに、泣いてるんよ。代わりなわけないやろ、アホか。言う前に田中に近寄って、指を絡めると、田中が涙でグチャグチャになった顔を上げて俺を見つめるもんだから、「鼻水」と思わず呟いてしまった。『なんでそんな事言うんですか』なんて更に涙を流した田中に「やって可愛ええやん」と言うと『馬鹿なんですか、もう』なんて絡めた俺の指を強く握り返してくる。





「代わりやないわ、田中が...花子やから、こんな気持ちになんねん」


『...』


「花子だけしか見てへんのやから、泣かんといて」





「恥ずかしいやろ、なに言わせんねんアホ」なんて自分で言ったくせに恥ずかしくなって、俺は自分の顔がどんどん熱くなっていった。『本当ですか?』なんて下唇を噛んだ田中に「ほんま」と言いながら田中に絡めた指に力を込めていって、田中のおでこに軽く口付ける。その瞬間に「ひゅーひゅー」なんて声がしたかと思えば、少し遠くで土屋が笑ってるのが見えると、俺は恥ずかしくなって「見せもんちゃうぞ!帰れハゲタコ!」と声を張り上げた。








その後の土屋とその後の南
(ほんま、外でなにやってんのやろ)





「ほんまにアホやな、お前」


『南主任のせいですよ...』


「もうその主任ってのやめろや。ええ加減名前呼んで欲しいねんけど」


『つ、烈...さん』


「...」


『なんで無言なんですか...』


「や、可愛ええなって」


『どうしたんですか!?さっきから変ですよ!?』


「お前のせいやないか、アホ」



(アホなんは俺やろ、こんなんバカップルやないか)





(2020/10/28)



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