「で、結局付き合ってないのか?」


「何がですか?」


「お前と田中に決まってんだろ」


「そんなん、付き合うてないに決まっとるやないですか」


「おいおい...なんでだよ...」




はぁー、なんて長いため息を吐いた部長に、俺もため息をつきたい。と思った金曜の夜10時30分頃。部長に飲みに誘われてやってきたのは会社近くの居酒屋で、酒もボチボチ進んだタイミングで部長がそう言ってきた。いや、なんでって、部長やって、田中と...。と、そんなこと言えるはずもない俺は「部長が1番、知っとるんちゃいます?」なんて皮肉めいたことを言ってチラリと部長へ視線を移す。しばらく部長が固まった後に、ブハッと吹き出して笑うもんだから、俺は思わず眉を寄せた。




「なに笑てはるんですか」


「いや、俺まじでいい仕事したなって...」


「そりゃ、部長は仕事めっちゃ出来ますし、尊敬してますけど...」


「けど?」


「そ、そう言うことは...あかんと思いますよ...」


「...ん?え?どれ?」


「奥さんの事、愛してるんとちゃうんですか?」




なんて小さい声で言った俺に対して、部長が一瞬固まったすぐ後に、あはは!なんて盛大な笑い声が聞こえて「似たもの同士って感じだな」と言いながら、笑った拍子に出た涙を人差し指で拭っているのが見えた。俺は意味が分からなくて更に眉を寄せると「田中と出張の後に話ししたか?」なんて言ってから部長が続け様に「業務以外の内容な」と言って俺へチラリと視線を送る。





「少し、だけ」


「聞いたか?俺たちがなにしてたのか」


「そんなん...聞くまでも無いですやん...」


「お、おぉ...そうか、そう来たか」





「まずったな」と、言いながら部長が自分の顎に手を当てて、うーんと考える様な動作をした後に「俺が田中と寝たって言ったら、どーすんの?」と、困った様に笑った。俺は驚いた様に目を見開いて、瞬間に思わず部長から視線を逸らす。思っとった通りやんか。田中は俺以外にも、抱かれとるんやろ。つーか、どーすんのって言われたって、そんなん知るわけないやん。俺を好きって言っていたくせに部長にも身体を許してしまう田中に何だか酷く苛ついてきて、奥さんがいるくせに田中を抱いた様な発言をしてくる部長にも苛立っていく。田中が部長を好きなんやったら、諦めるしか、ないやろ。それにほんまは俺の事、好きでも何でもないんかもしれへん。ほんまは、部長が好きで、その穴埋めをする様に俺を好きやなんて言ったのかも。ただ、俺は部長の事好きな田中で良い。だなんて、淳子の時みたいには思えなくて、考えたってごちゃごちゃしてくる頭の中を整理したいのに訳が分からなくなってきて自分の髪の毛をクシャリと掴んだ。






「なぁ南。どーする?」


「どうって...どうも...」


「なら、俺に田中を取られちゃっても良いわけだ?」


「取られるって、もともと俺のちゃいますよ」


「ふーん。南には関係ないって?」


「当たり前...や、ないですか...」


「へー...。そっか、関係ないか...まぁそうだよな。だったら俺が田中のこと、めちゃくちゃにしても文句ないよな?田中に酷いことしたって、田中がボロボロになるまで遊んだって、南には何にも関係ないよな」






言われて俺の頭の中で想像していく田中の顔が、この前の俺の部屋に来た時みたいに酷く悲しそうに泣いていて、思わず立ち上がって部長の胸ぐらを掴んだ。「なんだよ。関係ないんだろ?」と、意地悪そうに笑いながら、部長が俺をじっと見つめる。俺は「関係あるわ。田中を泣かしたら絶対許さへん。...たとえあんたでも、や。死ぬまで追い詰めたるからな」なんて凄んだ俺の言葉に、部長がまたブハッと吹き出しながら笑って、俺は訳が分からなくて眉を寄せた。何、わろてんねん。俺、今怒っとるんやけど。と、モヤモヤ考えてる俺に部長が顔横に両手をあげて「ごめんごめん。死ぬまで追い詰められるのは困るから、正直に話すわ」なんて言って困った様に眉を寄せる。俺は「いや、俺の方こそ...すみませんでした」と言って部長から手を離すと、腰を下ろした。





「田中とは寝てないよ」


「え?やって、この前...」


「出張の時だろ?あれは作戦」


「作戦...?」


「そうそう。田中は南主任に、ドキドキして欲しいんだってさ」


「なん、で...ですか...?」


「あのなぁ...これ以上は俺に言わせんな。本人から聞かないと意味ないだろ?それと、南がどう思ったのか、ちゃんと田中に教えてやれよ」





「子供じゃないんだから言えるだろ」なんて困った様に笑った部長の言葉に、どんどん俺の頭が熱くなっていく。なに、してんねん田中。意味わかれへん事して、アホちゃう?あ、田中ってアホやったっけ。とかなんとか考えてるうちに部長がニヤニヤしながら笑ってこちらを見ているのが見えた。俺は思わず眉を寄せて「面白がってますよね?」と確認するみたいな俺の問いかけに「そう言うところも似てるな」なんて意味のわからないことを言っていた部長が小さく笑って、俺はなんだか居心地が悪くなって目の前のお酒のグラスを空けていく。瞬間に鳴ったスマホの着信音に、部長が「あ、」と小さく声を漏らして、スマホを耳に当てると「ごめんごめん。連絡忘れてた。今、部下と飲んでるよ」なんて言って電話に出ていた。テーブルに並んだつまみを頬張りながらしばらく様子を見ていると、部長が「うん。俺も愛してる」と、優しく微笑んでいるのが見えて、歯が浮くようなセリフをサラッと言える部長に、なんだかこっちが恥ずかしくなってしまう。電話を切ったであろう部長が頬杖をついて、俺を見つめてるのが視界に入ってきて、俺は思わず部長を見つめる。





「と、言うわけで俺は奥さんを愛しているから、南は何にも気にせずに田中にアタックしてください」


「...俺、別に田中のこと好きやなんて言ってないですやん」


「まだ、そんなこと言ってんの?マジで怒ろうか?男として」


「や、ほんまにすんません。嘘です。俺はめちゃくちゃ田中が好きです」






言いながら恥ずかしくなった俺は、顔が赤くなっていくのが自分でもわかるくらいに顔が熱くなっていって、そのまま下唇を噛むと同時に思わず視線を下へと向けた。瞬間に部長があはは、なんて笑って「良い報告、期待してるよ」と言ってまた小さく笑う。俺はほんまにこの人面白がっとるな。と思いながら「ほんま、出来る上司もつと苦労しますわ」なんて小さく笑って言いながら次のお酒を頼もうとメニューを開いた、





君に会ったら
(俺の気持ちを伝えよう)





「部長、次何飲みます?」


「うーん、俺いも焼酎にしようかな。あ、南は飲むなよ」


「え?なんでですか?」


「お前、新人歓迎会の次の日に植木にハマって女子高生前にして犯罪者になるところでした。とか意味わからんこと言ってただろ?その時飲んでたのが、いも焼酎だったから」


「...俺、そんなん言ってました?」


「あはは、失態は忘れるもんだよな」


「新人歓迎会...」



(5年前やな...あれ?)







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