部長と南さんとの出張が決まって、出張の前々日に、私は苦手な資料作りに頭を抱えていた。南さんが資料の指導をするってことで、南さんもわざわざ社内に誰もいない時間まで残業して面倒を見てくれていて、私の胸は罪悪感でいっぱいだった。「田中、本気出さんかい」なんて言って私の隣の席にドカッと座って頬杖をついた南さんに見とれながら、私は違う、仕事、ちゃんと仕事しなきゃ。なんて小さく頭を左右に振る。それと同時に『ご褒美、くれたら…もっと頑張ります…』なんて馬鹿みたいに呟いて、眉を寄せながら南さんを見つめた。「どんなご褒美がええねん」と私から視線を逸らして言った南さんの言葉に少し考えて、どんな、と言われても私が欲しい言葉は一言だけですけど。なんて思いながら頭の中で「好き」の2文字を想像して、顔と頭が熱くなる。この言葉を南さんが言ってくれたら、どんなに嬉しいんだろう。なんて思った馬鹿な私は、『好きって…言ってください。』って南さんに言うと、南さんは驚いたように「は?」と声を漏らした。私は『好きって言ってくれるなら、もっと頑張ります…』ってもう一度呟くと、恥ずかしすぎて顔から火が出ちゃいそうだったのに、南さんは「そんなんでええん?」なんて私の顔を覗き込んだ。そんなんで、って好きって言ってもらえたら、泣いて喜びますよ、そんなの。私の中で、南さんから聞く「好き」の2文字は全然「そんなん」じゃない。なんて思いながら、私は資料の修正に没頭する様にキーボードに手を滑らせていった。














資料の修正を終えて、南さんが確認している間中、私の中では南さんが好きと言ってくれるんだ。なんてずっと考えてしまっていて、「ま、こんなもんやろ。よー頑張ったな」なんて南さんが言った言葉に、私はドキドキしながら『本当に遅くまでお付き合いいただき、ありがとうございました…』と、顔をデスクから上げずに呟いた。「終電なくなんで、はよ帰る支度せえよ」と南さんが言っていて、帰っちゃう!なんて思いながら急いで南さんのデスクに寄って『ご褒美、ください』と、南さんを見つめた。見つめてから心臓がドキドキを超えてバクバクしているような気がして、少し身体が震えている気さえする。



「田中、好きやで」



誰もいない社内に響くみたいに、聞こえた声に、私は嬉しさと恥ずかしさから手で顔を覆った。だけどそれと同時に胸が痛んで、私、なんて馬鹿な事してるんだろうって気づいた。ご褒美だなんて馬鹿みたいなこと言って、無理やり南さんに「好き」なんて言わせて、私って本当に馬鹿じゃないの。南さんが私に向けて言ってくれた「好き」という言葉が嬉しいのに、どうしても胸が苦しくなって、私は手で覆っているはずの視界がじわりと滲んだ。



「言わせといてノーコメントなん?めっちゃ、恥ずかしいねんけど」


『…』


「田中、聞いとる?」


『…』


「おい、田中。お前、返事くらいせえよ」



言いながら南さんが私に近づく音が聞こえた瞬間、私の手首が南さんの手で掴まれる。私は抵抗するみたいに『や、やめてください…!』なんて言って手に力を込めていくのに、南さんは私の顔から無理やり手を引きはがす様に引っ張ってきて、男女の力の差なんだろうか、私の抵抗なんて意味ないみたいに私の顔から手がはがされていくのと同時に、滲んだ視界のまま南さんの顔が見えた。



「泣い、とるん?」


『違っ…違いますよ…!』


「じゃあ、なんでそんな顔しとるんよ」


『な、なんでもないです…ご褒美ありがとうございま、した…』



言ってから南さんから顔を逸らす様にして横を向く。だけど、その瞬間に頬に流れていった涙に、私の胸は余計に痛くなっていく。そうですよね。南さんは、私の事、好きじゃないんですよね。好きじゃない分、「好き」なんて言葉、簡単に言えるんですよね。弱虫な私はそんな言葉言えるわけもなくて、南さんに言われた「なに、泣いとんねん」なんて言葉に『なんでもないですから、手、離してください。終電無くなりますよ』と言って目を伏せようとした。瞬間に、南さんが私の顔を覗き込んできて、私は我慢できなくなったみたいに、涙を更に溢れさせていく。



『見ないで、くだ…さい…』


「じゃあ何で泣いとるんか教えてや」


『み、なみ主任の、せいじゃないです…から』


「そうなんや…」



あぁ、私面倒くさい女だな。絶対、南さんに迷惑かけてる。ただでさえ変なキャラを演じて面倒な部下をしているのに、残業までさせて、泣くなんて、本当にありえない。そんなこと思っていたら私の手首から南さんの手が離れて、私の頬に手を寄せて涙を拭った。なんで、南さんはそんなに、優しいの?私の事好きでも、ないくせに。なんて余計に悲しくなる考えが頭を巡っていって、私の胸はどんどんどんどん苦しくなっていく。余計に溢れた涙を止めてくれるみたいに、南さんは私の瞼に口づけて、「泣いとる理由言いたくないんやったらええけど、上司で教育担当なんや。田中が泣き止むまで待っとったるわ」なんて言って眉を寄せて笑う。私は「上司で教育担当なんや」って言葉に、南さんの意思でいてくれるわけじゃなくて、責任感から、なんだよね。なんてギュッと胸が締め付けられて、『もう、泣き止みますから…迷惑かけてごめんなさい』と言って深呼吸するみたいに息をした。






優しい上司
(どうしたら私の事、好きになってくれますか?)



やっぱり、好きになってほしいなんて、
高望みも良いところでしたね。







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