Chapter 3




 塩鉱都市ロダ――聖ヴェリカ教会。
聖堂の二階に廻らされた側廊の柵越しに、エメリは祈りの家の最奥にあたる説教壇を見つめる。一筋の道を開けて、一階には人々がひしめいていた。説教壇に近いところに並べられた椅子には、ロダにおける名家の色彩が並んでいる。その彩りの列を成す一粒に幼い弟の姿を見つけたエメリは、その傍らにある家令の姿をみとめ、安堵の息を吐いた。密やかに弟を見守っている、背後に侍女を控えさせた白藍の令嬢を、側廊の柱に背を預けてヴェイセルは眺める。黙然と佇む紫黒の青年を見遣った傭兵は、側廊を埋め尽くす人々に紛れて溜め息をついた。
 祭壇から扉へ、扉から祭壇へ、人という海の割れた一筋を、助祭の手にある香炉が揺れながら往復する。数多の蜜蝋が壁のように屹立する祭壇を背に説教壇に立つ司祭の黒衣が、白昼において太陽よりも鮮やかなちらつく燭火の黄金を刳り貫いていた。
 説教壇の司祭が啓典の言の葉を音律として撒く。音として乱舞する啓典に叩かれながら、助祭は杯を祭壇に捧げた。荒削りな岩塩の杯は曇った淡紅を呈し、そこにある氷に鎖された街の彩りは瞬く燭火に潰される。栓の抜かれた酒瓶を、助祭は傾ける。硝子の口から鮮紅の流れが杯に落ち、杯の淵で震え、溢れ、岩塩を材とする受け皿に零れていった。説教壇から祭壇へと身を返す司祭の黒が翻る。司祭は杯を手に振り返り、聖堂に集う人々を見渡した。高く掲げられた杯から滴る葡萄酒が、司祭の爪を、指を、手首を伝い落ちる。歳経た肌を斑な紅に染めながら、司祭は祈りの音律を紡いでいく。
 聖堂を隈なく満たしているさざめく黄金は、慈雨のように降り注ぐ祝福そのもののようであり、麦穂の撓む豊穣そのもののようでもあった。恵みへの感謝も、得ることへの予祝も、素朴な欲を荘厳さで覆った音律が廻っていく。女神を称え、理を讃え、司祭は杯を乾す。嚥下に鳴る反った喉を、葡萄酒の紅が一筋、這い落ちた。
 祭壇に戻された空の杯に、燭火の漣が朱金をゆらめかせる。説教壇に戻った司教の背後を、列席した人々のための葡萄酒を湛えた杯を載せた銀盆を片腕で掲げ、助祭が通り過ぎた。祈りを捧げる司祭の指は、その唇から紡がれる憐情と慈愛を乞う詞に沿って、壇上に開かれた啓典の文字列を辿っていく。
 聖堂の側廊の二階にて、祭壇から距離があるゆえのざわつきに囲まれながら、司祭の声がそれまでよりもわずかに安定を欠いたことに気づいた傭兵が眉をひそめた。

- 182 -



[] * []


bookmark
Top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -