Chapter 3
人の海に浮いた島のような取引所の壁際に店を出し、客を捌いていたキャレの前で、極彩を纏う青年が並べてある品物のひとつを手に取る。手のひらを海とするほどに小さな耳飾りであるそれは精緻な銀細工であり、白銀の表層に曇天を映した。別の客から代金を受け取って品物を渡したキャレが、客の背中を見送りながら、人懐っこい笑顔をふりまきつつ、耳飾りを品定めしているらしいラミズに声だけを投げる。
「こんなとこでさぼってていいのかな、カリィのお兄さん。大市は掻き入れ時じゃないの、芸事にしろ金物直しにしろ」
笑みのかたちをした唇から紡がれる醒めた声に、雪雲の流れる空の鏡面たる耳飾りを載せた手のひらを、ラミズは目の高さに持ち上げた。
「大市に合わせて親父たちもロダに戻ってきたからね。だから、休暇ってやつかな。それはそうと、ヴェイセルは? ここにいると踏んで来てみたんだけど」
胡乱げな目でキャレはラミズを一瞥する。品物を並べ直しながら、喧騒に負けない程度にキャレは声を張り上げた。
「さっきまではいたよ。だけど、そろそろ教会でお祈りが始まるだろ。だから、エメリを迎えに屋敷に戻った」
「大市でやる教会のお祈りって、いつもより盛大なやつだよね。ロダの礎であり、富をもたらしてくれる岩塩を与えてくれた理の女神に感謝を、っていう。いつの間にそういうことになったのかは俺にはよく解らないけど」
「女神の婢たる僕らにとっては、すべての恵みは女神の恩恵ってことで」
整頓の手を鈍らせることのないまま、キャレが肩をすくめてみせる。ラミズが首を傾げた。
「でも、それって、いつも列席してるのは塩鉱を所有してるレドルンド家とか、塩鉱で働いてる人たちとか、岩塩を扱う商いをしてる家の面々だったように記憶してるんだけど」
「エメリが、そうだろ」
「エメリは、そうだね」
「だからだよ」
「そういえば、さっき、人混みのなかでヴェイセルに似た誰かを見かけたような気がするんだ。あの時は気のせいだと思ったからまっすぐこっちに来ちゃったんだけど。その人のことを、女の子がさ、混雑の間を縫って頑張って追いかけてたような気がするんだよね」
それまで休むことのなかったキャレの手が停まる。ラミズは小柄な友人に眼を落とす。
「それ、絶対、兄さんだ」
目許を手で覆ったキャレが、呆れ果てた声をもって天を仰いだ。
「エメリはレドルンド家の令嬢だから列席しないわけにはいかなくて、状況が状況だから僕だって心配だし。それについては何も言ってなかったけどあの仕事中毒がちょっと抜けるっていうから、珍しいこともあるんだなって、人手不足になるの解った上で送り出したわけだけど」
「考えてることが口から出ちゃってるよ、キャレ」
「心配なら手ぐらいつないでやれよ!」
目許から勢いよく手を払ったキャレに噛みつかんばかりの勢いで迫られて、ラミズは困惑を滲ませながらやわらかく微笑んだ。
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