Chapter 3




ファウストゥス暦ニ五七年、ヤヌアリウスの月の第一三日。この日に起こったことを記した調書がロダの文書館に保管されている。ほとんどは劣化してしまっていて判読できないが、判読可能な部分は小鳥の世話をしていた少年のものだ。それによると、連なる日常の変わらぬ歯車のひとつとして夜が明けたその日、塩鉱ではいつものように朝から採掘が開始された。冬のロダにおいては珍しく、小雪はちらつくものの穏やかな陽射が降り注ぐ、玻璃のごとく張り詰めた大気がやわらいでいる日だった。ぼやけた雲の向こうで滲むように輝く太陽が天頂に至り、その翳りが昼食と日没の中間にさしかかった頃だった。発破の波が坑道を揺るがし、塩鉱の奥で岩盤が砕かれた。坑道の浅いところで小鳥に餌を遣っていた少年は、常にはない水音を聞いて周囲を見回すも、岩盤を伝い滴る泥を見つけることはなかった。気のせいかと少年が鳥籠に目を戻すと、背後からの衝撃が少年の痩せたからだを薙ぎ倒した。鳥籠を抱えて坑道に転がった少年が衝撃から立ち直ったのは、感覚の空白を挟んで、しばらくしてからのことだった。その頃には坑道は砂礫の煙に塞がれていて、大人たちの怒号と足音、鶴嘴の鳴りが、蜂の巣に頭をつっこんだかのように渦巻いていたという。ともあれ、少年は抗夫のひとりに引き摺られ、塩鉱の始まりにある礼拝堂に放りこまれた。厳冬に訪れた気まぐれな陽が、氷を融かし、地盤をゆるめ、落盤を誘発したと理解したのは後になってからのことで、よろめきながらであっても動けるようになった少年は、埃と泥に塗れたまま、助けを求めるためにロダの街へと駆けていった。
 少年の記録はここで終わるが、この出来事がロダにもたらした事態はここで終わらなかった。それどころか皇帝直轄領の東部三都市すべてを巻き込んだものへと発展していく。
塩鉱を有するロダ、銀鉱ならびに造幣所を有するディロナ、湖に架かる橋という交通の要衝を有するカトヴァド。皇帝不在の帝国で、ゆるやかな渦は次第に勢いを増してゆく。

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