Chapter 3




 塩鉱都市ロダ――ファーデン地区、ノルドヴァル邸。
 取引の声が飛び交っている玄関で、外出から戻ったヴェイセルは、雪の香を纏った外套を家人に預けた。商取引所での成果を商会の長たる父に報告しようと、商会の嗣子は父の執務室に足を向ける。伝えるべきことの優先順位を脳裏に並べながら、傍からは頼りない印象の歩調で廊下を歩いていると、居住区につながる階段をおりてくる少女を目に留めた。常であれば歳に似合わぬ落ち着きを帯びているエメリの、焦っていることを隠しもしない思い詰めた顔に、ヴェイセルは歩を停めかけ、爪先を反転させると、大股で歩き出す。そして、羽織りかけの外套を靡かせて歩くエメリの背を追った。ほどなく青年と少女は並んで廊下を進み始める。歩をゆるめないエメリに歩調を合わせながら、ヴェイセルは少女の顔を覗きこんだ。

「急いでいるようだけど、何があった?」

 少女は唇を割らず、厳しい目で見据える前だけを目指していく。青年と少女は玄関へと辿り着き、片づけかけだった外套を家人から受け取ると、駆けるように先行したエメリを追って、ヴェイセルは冬の街へと飛び出した。少女の背中を追いかけてファーデン地区の隘路を歩んでいると、擦れ違い様に声を落としていった者がいた。勢いをもって振り返ると、青年の蒼の目のなかで、口の端を持ち上げた苦い笑みを残像としたラミズが去っていく。思案と判断に鋭くなった目が、雪舞う灰の大気を、厳冬めいた酷薄さをもって眼鏡越しに見つめた。外套を翻し、ヴェイセルは踵を返す。

「馬を」

 先周りしていたらしいヴァースナーが、曲がり角から手招きをした。

「レドルンドのお嬢を拾うつもりなら、カリィの双子を目印にするといい。距離を置いて見守ってくれている。奴らの派手な装いは、この地味な街において目立つからな」

 ヴェイセルに手綱を手渡し、ヴァースナーは気難しげに目を伏せた。

「らしくなく周りが見えなくなってる。気をつけてやってくれ」

- 159 -



[] * []


bookmark
Top
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -