Chapter 3


「可愛い子だね。今日も字を習っていったか。熱心な教え子だ」

 回廊の奥にテアの背中を幻視しながら、オロフは微笑んだ。書架の間からリカルドゥスのはしゃぐような落ち着いた声が届く。

「教えがいのある子です。意欲もありますし、よい意味で貪欲です」
「レドルンド家の侍女、か。蒼の目でこちらのことばを習っているということは、北方異民族のようだね。もしかすると古い知り合いか? 君にとってあの家は懐かしいかな?」

 書架を整理する手を休め、肉でできた手の甲に、そこにある焼きつけられた引き攣りを手袋の上から透かし見るように、眼を落とした。

「レドルンド家のものとして、私とあの子は同じ馬車でロダに来たんです。私は塩鉱の採掘に携わり、あの子は令嬢付きの侍女となりました。その後、塩鉱の事故で片腕を失くした私を奥様が拾ってくださり、あの姉妹が手当てしてくれた。採掘の仕事に戻れなかった私を、旦那様に家から解放するよう求め、助祭に推してくださったのは奥様です。そうでなかったのなら、どこかに売り飛ばされるか、教会前の階段で道行くひとに慈悲を乞うていたでしょうね」

 肉ではない方の腕をリカルドゥスは撫でた。司祭は懐かしむような哀れむような目を居並ぶ背表紙に走らせる。

「レドルンド夫人は、男子を産んだことはなくとも、孕んだことならあったんだ。もし無事に産まれていれば、念願の男子は君と同じ年だった。だから――」
「大変です!」

 甲高い少年の声が、司祭の述懐を遮った。穏やかな裡に驚愕を閃かせた司祭の蒼の目が、書架の間から慌しく首を伸ばした助祭の紫紺の目が、文書室の扉のかたちの灰色を背負った少年のかたちの影に釘づけとなった。

「塩鉱が」

 嘔吐くように息を吐き、少年は声を押し出す。その手では空の鳥籠が揺れている。

「塩鉱で、落盤が。中に、何人も閉じこめられて」

 喘ぐような息は途切れ途切れに音を連ねた。街を潰す雲の天蓋から零れた粉雪が、扉と少年の隙間を埋め、微細な氷を孕んだ鋭利な熱とともに吹きこんでくる。
 沈黙の裡に司祭と助祭はばら撒かれた音の断片を繋ぎ合わせ、そこに意味を見出すと、顔を見合わせる暇も惜しんで黒衣を翻し、塩鉱に向かうべく床を蹴った。

- 158 -



[] * []


bookmark
Top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -