Chapter 3




 塩鉱都市ロダ――聖ヴェリカ教会、文書室。
 陽の傾ぎによって色彩を流動させる光が、高いところにある採光窓から落ちている。淡くやわらかな陽光に包まれている書見台を書き物机にして、テアは手にした羽根をぎこちなく動かしていた。椅子に座るちいさな少女に寄り添うように、傍らに立つリカルドゥスはテアの手習いを見守っている。テアの手の先では、布の切れ端に顔料が染みこみ、引っ掻き傷とも石を鑿で穿ったともつかぬ線が辛うじて文字の体裁をなしていた。少女の描き出す線を見守る助祭は、時にやんわりと間違いを指摘し、時に手放しでそのかたちを褒め、その紫紺の目は終始おだやかだった。いまだ昼に留まる白光を夕刻の翳りが覆い始めた頃、助祭は本日の講義の終わりを告げた。少女の纏っていた真剣さと、文書室を彩っていた緊張がやわらぐ。少女は書見台の上を片づけ、外套を羽織った。少女が文書室を訪れたそもそもの目的である、主によって所望された書物を、貸し出しを許可した助祭が少女に手渡す。片手で書物を差し出す助祭の手を、差し出された書物を受け取ろうとしたちいさな手の細い指先が触れた。手袋から滲むあたたかさに、テアの頬は朱をたゆたわせ、上気した頬を隠すために少女は顔を俯かせる。具合でも悪くなったのかと気遣わしげに見つめてくる紫紺の目から、やわらかな髪が動揺に潤む蒼の目を隠した。
 雪の香を孕んだ冷気が文書室に滑りこんだのと、テアが書物を抱えて文書室から駆け出したのは、ほぼ同時だった。ゆえに、大気の氷と書架を隔てていた文書室の扉を司祭が開けた時、司祭は頬を染めたちいさな侍女が逃げるように走り去っていく背中を目撃することとなった。

- 157 -



[] * []


bookmark
Top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -