Chapter 3


「皇帝は、帝国の西と南に巣食う異民族を平定し、大陸の西方を固めようとしている最中だ。そして、教皇も西を欲している。帝国の西方、皇帝の行軍を追いながら地図上の白紙地帯を開拓しているのは、帝国国教会直属のフィアナ騎士団だ。領地も得られれば、信徒も得られよう。帝国の東は平定の直後。北方異民族への布教に成功したとて、あがりは知れている。カトヴァドを押さえたことで、兵站の補給路を押さえた気でいるのだろうが」
「皇帝にロダの塩が届かなくなったのは事実ですよ」

 忙しなく揺れ踊る暖炉の火に眼を遣り、リオは腕を組んだ。

「先日、ロダに赴いた折、ノルドヴァル邸にお邪魔したんです。その時、近いうちに義弟となるであろう者がそうぼやいていました」

 興味深そうに、エリクの目が細められる。

「フィアナ騎士団によってカトヴァドが封鎖され、アエラクラ湖に架された橋が使えなくなって以来――湖を迂回するには困難な冬であるということもあって――ロダ商人のほとんどは西から手を引いています。ですが、すべてのロダ商人がカトヴァド封鎖前に湖のこちら側に戻れたわけではない。教皇派であったロダですら、騎士団の動向――教皇の意向は掴めていなかった。ともあれ、遠方に赴いている者の一定数がアエラクラ湖の向こう側に取り残されたことは、ディロナもロダと同様です。交易よりは細工を主としているため、通商よりは鋳造に特化しているため、ディロナはロダよりも技能の街といった色が濃い。ゆえに、ディロナ商人の数はロダ商人ほどではありません。ですが、だからといって、湖の向こう側にそれなりの人数が取り残されていないというわけでもない。ましてや、帝都を含む皇帝直轄領を置いている帝国東部よりも、皇帝に諸侯が恭順してより時期の浅い帝国西部は、皇帝にとって磐石な足場とは程遠い」

 凍てついた窓の外、吹雪の奔流より外れ、流れに纏わりつくようにたゆたう純白の結晶を、冷徹の蒼をもってリオは一瞥する。

「現在、ロダは混迷の裡にあります。ベルンハルド・ヴェッターグレンの逝去、教皇派によるトビアス・レドルンド急襲。この二者が棺に臥したことにより皇帝派と教皇派の蜜月は崩壊。参事会は時を置かずにトビアスの次の市長を立てましたが、市内の対立を収拾するところまでは達していません。ディロナ以上に、ロダは教皇にも皇帝にも干渉される隙がある。皇帝は西方に足を伸ばしているがゆえすぐにどうこうということはないでしょう。しかし、帝都に坐す教皇は、その限りではない。事実、現在、これについてのみではありますが、ディロナとロダは同じ状況にある。ですが、ディロナは皇帝派でありロダは教皇派。両市の参事会ないしは書記官が会談の席を設けては怪しまれます。しかし、姻戚の、当主ではない者が、個人として談笑を交わすのなら、それは互いの親睦を深めるのみ」
「浅知恵だな」

愉快そうに唇を歪め、エリクは子を見遣った。白に鎖された硝子から眼を戻し、リオは温和な笑みを浮かべてみせる。

「いくら理の女神の婢とはいえ、すべての鳩を射殺せるわけではないでしょうから」

 宵闇を覆う吹雪は、眠りに沈む街並みを、雪に埋もれた銀鉱を、囁きを呑んで張り詰める大気さえも、すべてを白銀に染めていく。

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