Chapter 3


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 塩鉱都市ロダ――ファーデン地区。
 暁から数刻、眠りから覚め活気づいてきた街を飾る氷に、曇天の濃淡を縫って零れた陽が煌きを与えた。街に積もった雪は道の隅に凝り、石畳を覆う薄氷が人々の足をすくう。
塩鉱都市の裏通りには珍しくない、人は擦れ違えるが荷馬車は擦れ違えない幅の道を、小柄な少女が歩いていた。街のかたちを模るように、冬のロダは凍てついている。街そのものが氷に抱かれているからか、荷物を抱えている少女の足取りは覚束ない。ゆえに、迷いのない歩調で少女と同じ道を歩いてきた青年が少女に追いついたことは――たとえ青年にそのつもりがなくとも――必然といえた。

「テアじゃないか、お遣いかい?」

 背後から降ってきた声に、少女の肩がはねる。驚いた拍子に足を滑らせたテアを、ヴェイセルは慌てて支えた。少女が動揺から逃れると、ヴェイセルは婚約者の侍女と並んで歩き出した。傍らを歩くヴェイセルを、テアは見上げる。

「エメリさまが借りていた本を返すのに、聖ヴェリカ教会の文書館に」
「じゃあ、その荷物、持つよ。重そうだし、なにより氷に足をとられて転んでしまいそうだ。私は教会と同じ中央広場にある商取引所に用があってね。テアさえかまわなければではあるけれど、一緒に行かないか?」

 戸惑いを漂わせながらも侍女が頷くと、青年は大判の本を受け取る。ゆるやかな歩調で進むヴェイセルの肌を、冬の冷気が刺していった。ヴェイセルは周囲に眼を滑らせる。

「ヴァースナーは?」
「わたしがお屋敷を出る時にお見かけした限りでは、アドリアナ様に睨まれてました」

 ため息とも吐息ともつかない靄が、ヴェイセルの唇からたゆたい出た。

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