Chapter 4


 どことなく肌にまろやかな、水の粒子を孕むひんやりとした涼やかな風。爽やかに吹き抜けるそれが揺らすのは、燦燦とした陽光を散らし透かすきらきらしい大樹の葉。
 樹の幹に背を預けて佇むのは緑の邸宅の優美な女主人。結い上げることをせず背中に流すだけのゆるい巻き癖のあるやわらかなプラチナブロンドの髪が硬質な緑陰に染まり、葉と葉の隙間を零れ落ちてきた陽の光をきらびやかに弾く。
 その人はいつも穏やかに優しくほのかに微笑んでいて、いつもひっそりとした気高さを纏っていて、いつもどこか淋しげで、そして、鮮烈な陽光に透けて重なる緑の微風にすら流動する目に優しい濃淡に包まれた静かな邸宅の小さな庭を、その人は愛していた。

「身体に気をつけるのよ。お願いだから、無理はしないで」

 さほど背の高くないその人が、ほっそりとした身を屈めてぼくと目線の高さを合わせる。淡く散り冴える陽の光が長い睫毛に縁取られた淡い藍の目に宿り、その華奢な肩から零れ落ちたやわらかで艶やかな髪が風に遊ばれて気紛れに揺れ踊り金属にも似た光沢を放った。
 それは、ぼくが十二歳になるまでの時間のほとんどを過ごした場所を去るその日のこと。
 ひんやりとした流動する緑陰に零れる淡く踊る明るい光のあたたかで細やかな粒子に包まれて。
 その人は、ぼくを抱きしめた。

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