Chapter 5


「内務卿の皇帝暗殺未遂に呼応し旗揚げされたアウグスト同盟。たしかに同盟が組まれる直接の契機は計画の失敗によるものだったのだろうけれど、ここから読み取れるのは、それ以前から内務卿とアクィレイア公爵家――姻戚関係にあるアレス王家が繋がっていた、ということ。アクィレイア公爵家がアレス王家と繋がっていることは不自然ではないし、むしろそのために彼の公爵家はアレス王家と婚姻関係を結んでいる。王位継承問題をはじめとして内政不安定に陥っていたアレスがアクィレイア公爵家を使って帝国の注意を逸らそうとすることも帝国を利用して国内問題の解決を図ろうとしたことも、それは別に非難されるようなことではないし、その程度のことは誰の目にも明らか」
「フローレンス・キャンティロンはアレス王家と繋がるためにアクィレイア公爵に接近した、と?」
「それは目的ではなく手段でしかなかったでしょうけれど・・・まぁ、そうでしょうね」

 これは私の憶測でしかないのだけれど、と、女帝。

「内務卿とアクィレイア公爵、そして公爵に連なる諸侯。彼らが何者であるのかと考えた時、目的を同じとし、その達成のために手を携えた同志であることを否定する材料は見つからない。だからこそ内務卿は幕開けの演目を自ら演じた」
「と、いいますと?」

 かすかに、ほのかに。問い返す宰相の穏やかなだけであった蒼の目に、薄氷めいた冷ややかさが過ぎったのを、女帝は見て取る。

「皇帝の死は通常の手続きを経て選帝侯に次期皇帝を選出させればいいだけ。これが誰になるのかは知らないけれど、弑逆される私がエマヌエーレの者であり、その前の皇帝である戦乱期を現出した冷酷帝と無冠帝がベルナドットの者であることを鑑みれば、次に選出されるのは順当なところでアクィレイア公爵カトゥルスあたりでしょう。では逆に、内務卿の死は何を生み出すと思う?」
「キャンティロン一族の粛清、ではないのですか?」
「そう、自らに牙を剥いた者を皇帝たる存在は放置できない。いえ、少し違うわね。自らに牙を剥けるということを、皇帝たる存在は是認してはならない。それは帝国における秩序の崩壊につながるのだから。だからこそ皇帝は形だけであっても粛清を実行しなければならず――それが人心を集める忠臣とあらば尚更、彼に同情が流れたとしてもその表明を塗り潰すほどの恐怖をもって、粛清を進めざるをえなくなる。その帰結は容易に予測できるわ」

 帝国皇帝たる女は、どこまでも他人事のように、淡々と言葉を紡いでゆく。

「要するに、フローレンス・キャンティロンが生きようが死のうが皇帝は彼の思惑通りに踊らざるをえないという、ただそれだけのこと。幕開けの寸劇は配役も演目も完璧で秀逸。ひとが土地に頼っていてだけでは生きていけなくなった今、諸侯が拠って立つ封土を前提とした帝国が破綻しかけているということは私にだって判る。この度の帝都包囲は決して偶発的なものではないわ。内務卿の件がなかったとしても、かたちは違えど、遅かれ早かれアウグスト同盟のような何かが成立し、皇帝は窮地に立たされたのかもしれない」

 ここで女帝は言葉を切り、ふわり、と、微笑した。

「本当に、フローレンス・キャンティロンは国家の忠臣よ。帝国が帝国として機能しないことを憂い、その機能不全による破綻を繕うことも補完しようとも動かない皇帝に見切りをつけ、帝国を正そうとした。自らの存在の依拠するところを、その役目を、存在意義を、的確に見据えていたがゆえの絶望をもって。アクィレイア公爵カトゥルスも、彼に連なる諸侯たちも――――」

 果てもなく澄み切った蒼の目に、白銀を纏うメルキオルレ・マデルノが映る。

「――――そして、貴方も」

 風に、ラヴェンナ・ヴィットーリオ・エマヌエーレの硬質な緑髪が散った。

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