Chapter 5




 帝都の東、凍てゆるみ泥濘へと変じゆく大地。
 地を震わせる馬蹄と大気にうねり渦となり蒼穹に散じてゆく喊声。

「帝国を騙る雌狐はすぐそこに。臣民の何たるかを、帝国民の何たるかを、皇帝を喧伝する輩にしかと見せつけよ!」

 歩兵に埋もれる馬上のカトゥルス・アクィレイアは護りの薄くなった城壁へ兵をぶつける。

「この好機において、寛恕など背徳でしかない。機を逸するな!」

 両脇を駆け抜けてゆく騎兵の只中で、ウォルセヌス・アクィレイアは、突撃を開始した諸侯連合軍の向こうに峻厳たる岩山に挟まれた白亜を見て取った。
 澄み渡った蒼穹の下、清廉にして優美な帝都が泥と朱に染まってゆく。
 帝都の西、固く閉ざされた門扉の前。

「あれは」

 近衛軍に先鋒を任せ待機している市民軍の、その眼下にて繰り広げられる諸侯連合軍とヨハン・ラングミュラー率いる近衛軍との衝突を見据えていたユベール・ギィが丸顔の中の蒼の目を見たくもないものを見つけてしまったかのような嫌悪感も露に顔をしかめる。

「イングベルト・ヴァースナー」

 それは、過ぎたる時においてオルトヴィーン・ヴァースナーを追い落とし大陸に名だたる傭兵一門の当主となった男。
 ギィの隣に馬を進め、寡黙に過ぎ無感動に過ぎるはずのフレデリック・リヴェロが冷ややかな目で戦況を観察する。
 そこにいるのは、大傭兵たる呼称を恣にする男の、代えることなどできない両の腕。彼らのその繋がりは、どこまでも対等でそれゆえに一定の距離を持ち、互いの不備を補完し合っていることを当人たちも充分に認識しているという、どこか不可思議なもの。

「諸侯には諸侯を。傭兵には傭兵を」

 吹き上がる風はどことなく鉄の香を乗せ、重々しく舞い落ちるリヴェロの声を空へと運んでゆく。
 大地を踏み拉くひとの営みに紅の劣勢を見て取ったギィがゆっくりと鞘から剣を引き抜き、横目にそれを見るリヴェロの口の端がかすかに吊り上った。
 帝都の西にて市民軍が近衛軍の援軍として動き出すとほぼ同時、帝都の東では諸侯連合軍に圧された市民軍の背後――城塞都市たる帝都を天然の要塞たらしめる地形そのものである白亜を包む峻厳たる岩山を、諸侯連合軍を正面から急襲するかたちで帝国軍の別働隊が駆け下りる。

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