Chapter 5




「ねぇマデルノ卿。貴方、思いあたる節は、ない?」

 ほんの少しだけ可愛らしく小首を傾げながら、女帝が問うた。

「なんのことでしょうか」

 眩いほどの白んだ陽光が燦然と降り注ぐその場所で、帝国宰相たる穏やかな老人はやんわりと微笑む。

「足りないのよ」

 と、女帝が言った。微笑を浮かべたまま真っ白な眉の下の蒼の目を細める宰相の背後に紅の近衛兵が展開し、老人の退路を塞ぐ。
 高く高い凛冽たる蒼穹を、白亜の城塞都市を、剣を交え甲冑を刺し貫く蠢く人々を背に、

「貴方の名前が、足りないの」

 冷えて潤んだ大気に身をひたしながら、漆黒の色彩を纏う女の朱唇がゆるく淡く弧を描く。

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