Chapter 5


 蒼の薄闇という夜の名残が世界を満たす夜明け前の数刻。肌が裂けるのではないかというほどに張り詰めた、吐息すら凍る、底冷えのする喉にざらつく大気。

「かつて、我々は誓った」

 そこに響くのは、静かに、しかし確実に玻璃の硬質さを有する大気を震わせる、低く落ち着いた壮年の男の声音。

「我々はこの帝国のためにこの身を捧げることを誓った。この帝国を護ることを、誓った。陛下をお護りすることとはすなわちこの帝国を護ることであるということを、この帝国を護るということは陛下の臣民を庇護することであるということを、我々は知っている。ゆえに、我々はいかなることがあろうと陛下の前に、その傍らに、後に、立つ。その御身のお傍に、常に、在る」

 城塞を挟むように南北に聳え立つは峻厳たる岩山。雪を冠したそれらは淡い蒼を放ち、夜明け間近の空と同化する。

「我々はこの帝国のためにこの身を捧げることを誓った。我々はこの身に代えてでも陛下をお護りすることを誓った。では、今はいかなる時か。陛下の坐すこの帝都が叛徒に囲まれ、陥落の淵にある今とは、いかなる時か」

 吹き抜けるのは薄氷のごとき鋭さの冷ややかな風。はためき翻るは銀糸のきらめく紅の旗。夜明けの薄い陽光にきらめくその銀糸が描くのは、天秤と剣とが交錯する、このシュタウフェン帝国の国教たるヴァルーナ神教の標章にして帝国紋章。

「我々はこの帝国に相対するすべてのものに対峙する。すなわち、陛下に相対するものすべてに対峙する。我々は陛下の近衛。最も陛下の近くに控え、陛下の盾となるべき者」

 峻厳たる山と山の間に建設された七層からなる白亜の帝都――城塞都市ティエル。帝国国教ヴァルーナ神教ファウストゥス派における最高位の聖人――聖パトリック生誕の地という伝承に彩られた帝国の都。
 帝都を囲む城壁の外、東の城門の前。都市の内と外とを区別する城門の鉄扉は固く固く閉じられている。城門を背にして整然と並ぶのは、鈍い光沢を放つ鎧に身を固めた近衛騎士。彼らの騎乗する馬の吐く白い息が夜明け前の冷ややかな大気に溶ける。

「我々は誓う。この帝都を護り切るということを。我々は我々の責務を果たすということを。我々は我々の誓いを守り切るということを」

 城門の上で翻るのは銀糸と紅の近衛軍旗。地より天を目指す陽の光が滲みかけている、夜の余韻の残る空を背にして風にはためく軍旗の下、整然と並び控える騎士たちの前、青毛の馬に騎乗し声を響かせ重厚な存在感を醸し出しているこの壮年の男こそ、近衛軍帝都駐留部隊隊長――エセルバート・ガートナー。
 にぃ、と、ガートナーの髭の中の厚い唇が笑みの形を描く。
 朝靄に霞む遠くの稜線はどことなく透きとおっていて、思わず目を眇めてしまうような眩い太陽がその後ろにたゆたう。張り詰めた大気の中、再び訪れる日没までの時間だけ、宵闇を駆逐する陽光がゆるやかに夜空を侵蝕し始める夜明け。薄れゆく宵闇と、あたたかなゆるやかさを取り戻しゆく静かに沈む大気。
 不敵な笑みを浮かべながら、鋭さと穏やかさとが同居している落ち着いた蒼の目で部下たちを見渡しながら、ガートナーは腰に佩いた鞘から片手でゆっくりと剣を引き抜く。

「そして私は誓おう」

 厳然と大気を震わせる、頼もしく聞く者の鼓膜を震わせる、思わずぴんと背筋を伸ばしてしまうような、腹に響く張りのあるその声。

「今この時をもって、我々はこの戦いにおける勝利への端緒を、この戦いの終結への端緒を、切り拓くということを!」

 晴れ渡った蒼穹はどこまでも高く、ガートナーが高く掲げた幅広の剣に、城門の上ではためく紅の軍旗の紋章を象る銀糸に、夜明けの陽光がきらびやかに反射する。

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