Chapter 5


 ファウストゥス暦423年ヤヌアリウスの月第14日――アレス王国、カルヴィニア公国を併呑。ほぼ時を同じくして、カルヴィニア公爵アロルド、自害。

「ぼくは、どうすればいいんですか」

 冷えた闇の中、父の横たわる寝台の傍らに、ひとり、少年が立つ。

「ずるいですよ」

 無理矢理につくる笑みはみるみるうちに破綻してゆき。

「ずるいです」

 俯いた少年の頬を、透明な滴が零れ落ちていった。
 ファウストゥス暦423年ヤヌアリウスの月第28日――オルールク騎士団、帝都への進軍開始。

「これはこれは」

 絢爛の絵画が壮麗な大聖堂の裏側で、一通の書簡を手にした枢機卿長が哂う。

「まさしく、理の女神の気まぐれ、だな」

 ファウストゥス暦423年フェブルアリウスの月第9日――ウォルセヌス・アクィレイア、皇帝直轄領に入領。

「猶予がなくなってきましたな」

 ラズ河の向こう、数ヶ月前に炎に洗われたことで出現した平坦な平野と、その先にて山に埋もれるように聳え立つ城塞都市ティエル。その白亜の建造物の集合体は晴れ渡った蒼穹に煌く陽光を弾いて雪明りのように反射の白を湧き立たせ、透き通った氷に凍てつく大地は冴え冴えとした大気を映す。陣幕より見下ろせるその光景を前に、イングベルト・ヴァースナーが皮肉っぽくカトゥルス・アクィレイアを見遣る。

「破られてはならない東の国境、彼のフィアナ騎士団への援軍を出せなかったことからしても――傭兵を使ったその報酬を、報酬を支払った者の発言力が国政内にて増大することを見透かしていてすら賄えなかったことからも――帝都に余力がないことは明白。交易の中継地として生きてきた帝都の物流は途絶え、周辺諸国からの援軍もない。兵力と財力の脆弱さに関しては戦乱に塗れた冷酷帝ならびに無冠帝時代の置き土産と言えないこともありませんが・・・。ともあれ、何を躊躇っておられるのです?」

 帝国が帝国であることを切に望み、それゆえに現在の帝国を否定し、そして護るべき帝国を構築すべく女帝に造反した公爵は、蒼穹を背に佇む白亜の帝都を無言のままわずかに細めた蒼の目に映し続けていた。

「そうそう、時は経ってしまっているのですが、この度、シルウァ族と手を結ぶことに成功しまして」

 丹砂の赤を切り取った窓の前、デシェルト総督府の静かな一室で、目を細めて茶の芳香を聞きながらぽつりとアレン・カールトンが言葉を落とす。

「どうして、そんなことを僕に教えるのですか?」

 長閑に茶を楽しむカールトンを前に、その意図が読めず表情を強張らせながら、山岳民族にして傭兵一族たるシルウァ族を味方につけることの意味を、帝国官吏は考える。
 それは、アルバグラード山脈における対アレスの国境の護りがより堅固になるということだろうか。それとも、それとは別に、何か意味があるのだろうか。
 思案の海に沈んでしまった官吏に、にっこりと、アレン・カールトンは笑いかける。

「なに、私としては、貴方に鳩を飛ばしていただかないことには始まらない、という、ただそれだけの話ですよ」

 ファウストゥス暦423年フェブルアリウスの月第13日――カトゥルス・アクィレイア、帝都再攻。

「あと一日」

 白亜の帝都の、白亜に満たされた謁見の間。

「あと一日、持たせなさい」

 帝国を体現し理を顕現する者のただ果てしなく透明で甘くもやわらかくもない微笑が、紅の玉座にて静かに花開いた。

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