Chapter 5




 目を灼くのは銀の軌跡。
 蒼穹と白銀の狭間を切り裂く剣が、獲物を振りかざして踊りかかってきた男の腹を薙ぎ、その後方から剣を突き出してきた男の肩を斬りつけて、弧のかたちに朱を導きながら高く硬く巻き散らかされる雪と同化する。
 派手に雪を巻き上げて、雪原に片手と片膝をついた騎士が雪下の氷に滑りながら後ずさった。

「随分と用意がいいじゃないか」

 陽光を反射してながら緩慢にきらきらと舞い落ちる雪の粒子に囲まれて、返り血に濡れた騎士が不敵に笑う。その耳に届いたのは鎧の擦れる音と馬蹄が水を蹴り上げる音。同じ音を聞きながら、蒼穹を背に、抜き身の剣を手にしたフォルトゥナート・ヴァースナーはゆったりと微笑む。

「出し抜いた、つもりだったか?」

 そう問われた騎士は、今のこの時、傭兵隊が公国とともに騎士団を挟撃するかたちになっているであろうことを理解する。そして、その動きを予見し傭兵の長を足止めした自分が逆に彼の策に絡め取られたということも、明瞭に理解していた。
 傭兵の二重契約。今となってはどこに騎士団を利する点があるのか判然としないが、騎士団と契約を結ぶと同時進行で公国とも手を結んでいたらしい。もしくは、別の何かか。
 ともあれ、ブルネットの騎士はゆっくりと立ち上がり、挑むような面白がるような目で相手を見据える。

「こんなに素晴らしい歓迎を受けたんだ、愚痴なんて零すべきじゃないだろう?」

 正直なところ迷惑でしかないがな、と、口の端を吊り上げて、投げられた問いに全く見当外れの問いを返す騎士の蒼の目が不意にすぅと細められた。おもむろに重心が落ち、足下の雪が軋む。
 細やかに砕けた氷の塊が中空にてきらびやかに陽光を弾き、それに追従して巻き上がる純白の雪に巻き散らかされた朱が滲んでゆく。重みを増して地に落ちる雪塊にその身を叩かせながら、剣を振るいつつの振り向き様、騎士は後方から現れた肩を負傷している傭兵の剣を受け流しながら横に跳ね、その反転の勢いを殺さぬまま一瞬だけ背を向けるかたちになったフォルトゥナートの振り下ろされる剣に片腕を曝しながら一方の腕で雪に足をとられている眼前の傭兵へと己の剣を突き出し、その心臓を抉る。
 ジョゼフ・キャンティロンとフォルトゥナート・ヴァースナー。細身の剣に片腕を食ませながら剣を引き抜き返り血に濡れる騎士と、その返り血の余波にその身を染める傭兵。
 それまで息を潜めていた各々の同胞が、各々の統率者の周囲にて雪を蹴散らしながら剣戟を撒き散らかす。

「そちらこそ、随分と用意がいい」

 抜けるような蒼穹を背に薄く哂いながら立つ傭兵隊長の細身の剣は目映く陽光を弾き、それを受け止めている騎士の腕から滴り落ちた血は周囲の雪を溶かす。

「貴殿らは大切な賓客だからな。歓待の準備くらい抜かりないさ」

 痛みに奥歯を軋ませながらも蒼の炯眼にどこか悪戯っ子めいた無邪気さを滲ませて、フォルトゥナート・ヴァースナーの冷徹でしかない眼をまっすぐに見据えながら、ジョゼフ・キャンティロンは不敵に笑んだ。
 傭兵隊長に圧され、崩れ落ちた城壁に背中を預けて座らざるをえないでいる騎士の傍ら、頽れた傭兵の浸る血溜まりがじわじわと冷ややかな純銀を浸蝕する。

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