Chapter 5




「無力であることを、悲嘆しないでください」

 大司教都市シルザの、その高台にある大聖堂。フィアナ騎士団の本営に隣接するそのシルザを代表する建造物は、外敵に侵入された場合を想定して設計されたこの街においては、その構造からして最後の砦ともなりうる堅牢な祈りの天蓋だった。その配置そのものが優美な図形を描く張り巡らされた梁と窓から零れ絡み合う日脚が、荘厳でも華美でもないこの大聖堂に息を呑むほどの清廉な空間を現出させている。
 その大聖堂に、シルザに住まう者たちが身を寄せていた。

「平穏において、騎士たちがどんなに無力であるかを思い出してください」

 空砲に人で埋め尽くされた床が震える。

「平穏において、貴方たちがどれだけ活力に漲っているのかを思い出してください」

 不安に揺れる人々に、シルザ大司教はやわらかで玲瓏な声音に微笑を含ませる。

「平穏において貴方がたが意味のある行動を取れるように、騎士たちが意味のある行動をとれるのは今このような時なのですから。ですから、今のこの時に無力であるということを、悲嘆などしないでください」

 人々よりも一段高い説教壇に立つ――――わけでもなく、人々よりも頭ひとつ分上になるような高さである壇の片隅に腰掛けて、シャグリウスはほのかに悪戯っぽい微笑を浮かべながら無力さに打ちひしがれていた少年に目配せをする。それに気づいた少年は救われたような悔しさに耐えているような複雑な表情をしてみせた。
 天蓋より降り注ぐ陽光に包まれて、プラチナブロンドの髪の青年は空砲にざわつく大聖堂を泰然とした優美な佇まいでゆっくりと見渡す。

「すべては理の裡に」

 ざわめきを掬い上げるような静かな響き。

「あの蒼穹に、すべての祈りを」

 ゆるく微笑しながら祈りの音律を紡ぐ大司教。中空にて絡み合い濃淡を流動させるあたたかで直線的な陽光が祝福と救済を齎すかのように大聖堂に満ちていった。

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