Chapter 5
ファウストゥス暦422年、デケンベルの月の第8日午前―――ヴォルガ河。
申し訳程度に舞い落ちる雪の中、フィアナ騎士団とカルヴィニア公国軍の戦いの火蓋が落とされた。フィアナ騎士団が先行させたのはフォルトゥナート・ヴァースナー率いる傭兵隊。この戦いの開始よりほぼ半数に減った騎士はその後方に控えている。
ファウストゥス暦422年、デケンベルの月の第8日正午。
それまで河の中ほどにて拮抗していた傭兵隊と公国軍。その前者に後者が圧され、あっさりと公国領に近しいところまで進軍。その様子を高台にて眺めていたフィアナ騎士団団長ベルトラン・ダン・マルティンは眉根を寄せた。
傭兵隊と騎士団の指揮系統は同一ではない。ゆえに、ベルトラン・ダン・マルティンは撤退を命じることをせず、待機しているはずの騎士たちへいつでも出陣できるよう伝令を走らせる。
「誘われたな」
舞い落ちるどころか視界を邪魔するほどに降り始めた雪を透かして河向こうを見据えていたジョゼフ・キャンティロンがぽつりと呟いた。
公国側の城壁の砲門が開き、雪に吸われることなく砲声が鈍く響く。馬の嘶きに水飛沫と河底の穿たれる振動が混じり、騎乗の騎士は慣れた調子で繊細な愛馬を宥めた。
吹きすさぶ風が雪を横薙ぎにし、打ちつけられるそれらは体温を奪い四肢の感覚も奪ってゆく。もはや敵や味方の区別さえままならない。
灰に近い蒼に支配された世界の中で、傭兵隊長フォルトゥナート・ヴァースナーは撤退を命じた。
純白の雪は血の朱に染まり、馬の蹄が河底の泥とともに雪とも氷ともつかない水の塊を撒き散らしてゆく。
傭兵隊を砲門の射程距離内に誘いこんだ公国軍の耳に、シルザ側からの砲声が轟いた。
- 152 -
[←] * [→]
bookmark
Top