Chapter 5




 ファウストゥス暦422年、デケンベルの月の第8日―――ヴォルガ河。
ふわふわと舞い遊ぶ雪に翳む視界を馬の吐く白い息が横切りそして霧散してゆく。ふわりと落ちて宙にて浮き上がり降下する雪と潤んだ大気に溶けてゆく吐息のゆらぎはどこかちぐはぐだ。

「怖いか?」

 絶壁にも似た城壁。眼下で繰り広げられるカルヴィニア公国軍と傭兵隊との衝突を見下ろしながら、ジョゼフ・キャンティロンは騎乗しそこに佇んでいたサーレ・ニールセンと馬首を並べる。

「思う存分に怖がっておけ。こうなる前に事態を回避できるようどんな手を使ってでも根回しをしておけばよかった、と、心のそこから悔いておけばいい。そうなってしまったものを云々言ってる暇なんてないんだ、精々が次の機会を得られるよう形振りかまわず無駄に剣でも振り回しておくんだな」

 金属の擦れる音が雪に包まれて落ちた。傍らから零れたそれを耳にしながらも、気づかないふりをしてジョゼフ・キャンティロンは続ける。

「無駄に見えるものを無駄で終わらせるか終わらせないか、それはお前の力量次第だ。無意味から意味を汲み取って、意味に無意味を見出してみろ。それでもなお手放したくない何かを見出せるのならば上等だ。騎士の何たるかを叩きこんだ甲斐がある」

 そこで騎士は一息をつき、傍らの少年を見遣った。風にあおられて降りしきる雪が世界を純白のぼやけた曖昧に沈め、妙に耳に届く剣戟が世界を鋭敏に捉えさせる。

「這いずり回った末にもぎ取った信念をもって剣を握れるのなら、それは立派な騎士というものさ」

 首を廻らせて師の横顔をまっすぐに見つめていた蒼の目には、少年には見慣れたものであるしなやかでいてどこか獰猛な深く深い笑みが、まるでその一瞬を刻み灼きつけるかのように、なぜか思わず目を眇めてしまうほどに、どこまでも鮮烈に映っていた。

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