Chapter 5
ファウストゥス暦422年、デケンベルの月の第7日―――フィアナ騎士団本部。
「カルヴィニア公爵アロルドより書簡だ」
フィアナ騎士団を率いる者の口から淡々と紡がれた名に少年の表情が強張った。
議場にさざめくのは一瞬の動揺。だが、それも次に響く玲瓏な声音に鎮められてゆく。
「今日この日をもってこの戦いに終止符を打ちたい、と」
この書簡の内容を端的に言えばそういうことになります、と、淀みなく語る大司教の傍らで唇を引き結ぶ少年に、もはや何度目になるのか判らないその会合の、その場に居合わせた面々の眼が――気の毒そうなものであれ好奇に満ちたものであれ、おおっぴらなものであれ控え目なものであれ――向けられる。
仄暗い冬の昼日中、その場に満ちる肌が裂けるほどの緊迫は極度の疲弊の裏返し。それは、もはや限界であるということなど判っていて、それでもなお倒れるわけにはいかないということを自らに課しているがゆえの、縋るにも似た意地のようなものでしかないのかもしれなかった。
がたり、と、鼓膜がその自らの在り様を忘れてしまいそうな静寂に、場違いな音が響く。
「終わらせようじゃないか」
立ち上がって卓に片手をつき、卓を囲む面々を見回すのは、天空に坐す理の女神の婢――蒼穹を仰ぎその穏やかなる眠りを護る騎士たちの長。お世辞にも愛想がよいとは言えない五臓六腑を震わせるような低い声音がひとつの可能性をひけらかす。
傍らに座る少年を横目で見遣り、大司教たる青年は瞼を落とす。そしてしばらくの後、彼はゆるゆると瞼を持ち上げ、ゆっくりと面を擡げ、それと気づくことすら困難なほどの薄い微笑を浮かべた。底冷えするほどの鋭利さしかた堪えていないその目は、卓を囲む面々を移動するにつれ深く緋い紫から淡い藍へと変化する。
かたちの良い唇が、耳に心地よいすべらかな声に意味を与えた。
「終わりにしましょう」
それが、第二次ヴォルガ河防衛戦の終結に向かう、シルザ大司教の最後の一言。
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