Chapter 5


◇◆◇◆◇◆◇

 ファウストゥス暦422年、デケンベルの月の第8日―――ヴォルガ河。
 流れゆく水に流されかける薄氷に、揺れ踊りながら舞い落ちる雪が融けた。やがて液体とも固体とも知れないそれに融け凝りながらも雪は降り積もり、頭上に浮かぶ曇天と同じ色の大気に水面が染まる。
 馬の嘶きが大気を裂き、その蹄が雪に凝る河面を穿った。

「よく集めたな」

 堤防を兼ねる城壁の上、河面を駆けて吹き上がる風にブルネットの髪を遊ばせながらジョゼフ・キャンティロンは眼下にて凝った水飛沫を撒き散らしながら河の対岸へと疾駆する傭兵隊を眺める。

「集めたのは我々ではありませんがね」

 夜に花開く闇に親しい街の女主人を思い浮かべながら、騎士の傍らに立つダリオ・ファルネーゼはあらぬ方向に眼を遣り、小さく肩をすくめた。苦笑いに唇を歪めるジョゼフの眼の先には、馬上にて細身の剣を高く掲げて檄を飛ばす、鼻梁の通った鳶色の髪の青年がひとり。

「フォルトゥナート・ヴァースナー。言わずと知れた大陸に名立たる有名な傭兵一門ヴァースナー家の現当主――イングベルト・ヴァースナーが第一子」

 凍てついた風に乗って浮上し舞い散らばる鬨の声が耳朶を刺す。

「一門の中においては若旦那みたいなものですかねぇ」

 場違いなほどにのんびりとした口調でそう零し、ダリオ・ファルネーゼは少しだけ高いところにある騎士の蒼の目を横目で見遣った。薄く、騎士の唇がやわらかさとは対極の印象を与えるだけの笑みを描いた。

「それにしても、団長はともかく、よくあの救貧院長を説得できたな。あの鈍いサーレでさえ臍を曲げたくらいだ。不本意とはいえ理の女神の婢でもない異民族を含む傭兵を介入させたこと、救貧院長をはじめ騎士団の奴らもいい顔はしないだろうが――――」
「しかし、彼の街に助力を請わざるを得ないということだけは、現実的に考れば考えるほどにいくら否定したくとも否定はできない」

 淡々と応じるカドベリー・カースル族と冷笑をうかべたままの騎士。玻璃の大気を数多の破片に粉砕するかのような叫び声と水音と肉を抉り骨を絶つ音が間断なく巻き上がり沈んでゆく。
 剣戟渦巻くヴォルガ河を見下ろし腕組みをして立つ騎士の髪は血の香を孕む風に遊ばれ、無味乾燥なその風は厚い雪雲に覆われた空へと吹き上げていった。

「後背を任せる気はないようだな」

 眼下を注視したままの騎士の呟きに、その呟きが漂わせる言外の何かを察したカドベリー・カースル族がやれやれといった調子で答える。

「あえて先行させているようにも見受けられますが・・・。ともあれ、すべては可能性の裡に、といったところですか」

 目の色の違う味方が欲しいのだろう?
 銀髪の青年の脳裏に、豪奢な金髪をひけらかす夜の街の女主人の声が蘇った。だが、 幻聴にも似たその声は、すぐに直接に鼓膜を叩いてくる傍らの騎士のそれに取って代わる。

「それを前提としないほどには、こちらとて伊達に清濁併せ呑んではいない、か」

 舞い遊ぶ雪がかすかにその鋭利さを蕩かす大気に身を沈めるジョゼフ・キャンティロンは、うっすらと、皮肉っぽい笑みを浮かべていた。

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