Chapter 5


「聖俗五選帝侯の現状は、聖界のふたつが静観、ナッセレディーン侯は他界により空席、ブランデンブルク伯は私に」
「サディヤ侯ヨーヴィルにつきましては、少々気になる動きが」

 そこで女は書面から眼を上げ、上体を捻って背もたれに腕を載せ、従者に顔を向けた。

「例えば、アウグスト同盟に属する者に資金提供をしている、とか?」

 くすくすと微笑する女帝の指先で、そのほっそりとした指に挟まれた書面がひらひらと揺れる。
 寡黙な従者の沈黙に、ラヴェンナはおかしそうに目を細めた。

「相手はあのヨーヴィル・ファルファッロ・クリオよ。その程度のことは平気でするわ」

 ぱちり、と、薪が爆ぜる。

「彼はこれ以上もないくらいの合理主義者。目的の実現に適うのなら敵味方の区別など些細なことと容易にその一線を超える。結果をもぎ取るために必要な過程に存在する感情的なしがらみなど――他人には理解されないほどに――徹底的に切って捨て去るの」

 それでも私のために動いているように見えるのは、と、ラヴェンナは天井を見上げ、サディヤ侯爵ヨーヴィルの捉えどころのない飄々とした佇まいを脳裏に描く。

「彼には帝国が必要だから。侯爵として、銀行家として、彼には帝国が必要なの。それが本当にそうであるのかは別として、少なくとも彼はそう認識している。だからこそ帝国を護るために動くのよ。皇帝ではなく、帝国を護るために。そして、何より、自分自身を護るために」

 そこでラヴェンナは視線を落とし、愉快そうに唇に笑みを描かせた。

「彼からは中立が得られば充分よ。少なくとも、それでこちらが害されないことだけは確実に保障されるわ」

 中立とは、自らが相手に攻撃されない条件をつくり上げることと、自らがそれによって警戒されない状況をつくり出さなければ成立しないもの。それを知るサディヤ侯は、基本的に、自ら信用を失うような真似はしない。
 手にした書面の最上段にある名を指でなぞりながら、女帝は懐かしむような憐れむような色をその蒼の目にかすませる。

「冬は眠りを肯定するものよ。春に咲き誇り、絢爛を謳歌するための。そのための穏やかなる眠りを、そのための暫しの沈黙を、どうして貴方ほどの人物が、機を待つことをできなかったのかしらね」

 わずかに伏せられた瞼の下、睫毛の影に艶めくのは炎の深紅。深く深い蒼の目が見つめるのはひとつの名。冬の酷薄な寒さを駆逐するかのように燃え盛る暖炉の中で、ぱちり、と、薪が爆ぜ、灰と化して舞い落ちた。

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