Chapter 5


◇◆◇◆◇◆◇

 ぱちり、と、薪の爆ぜる音がした。
 壁際の暖炉にて躍動する炎はただの一時もその動きを休めることなく躍り続け、焦げゆく薪は熱を溜め内部より爆ぜ、灰燼と成り崩れ積もる。

「冬は好きよ。澄んで冷えた大気も信じられないほどに夜空を切り裂く星明りも。どうしようもないほどに凍てついた地面も、物音すら包みこんですべてを覆い隠し降り積もる雪も。冬は、息を潜めてじっとして眠る、春を待つまでのささやかな休息を生き物に赦す季節だもの」

 手にした書面から眼を上げることなく微笑するのは、暖炉の前の長椅子に座る、炎のゆらめきが頬を染めるひとりの女。女から少しだけ離れた場所で部屋の壁に溶けこむように佇む金髪の青年を、口許に微笑を浮かべたままの女はちらりと一瞥する。

「芽吹くための眠りをもたらす季節だから、私は冬が好きなのかもしれないわね」

 ティエル第七層――皇宮の片隅にある皇帝の私室。白亜の帝都は純白の雪を迎え、ふんわりと重く透き通った曇天から時折垣間見れる日脚は眩いほどの鋭く華やかな氷のきらめきをもたらした。

「イェレミーアス・ベルナドットとオリヴィエーロ・エマヌエーレは、暫くの間、静観を決めこむかと」

 聖俗五選帝侯たるふたつの聖界の位階――ヘッセン・ダルムシュタット大司教とカジミュシェ委任司教の名を挙げる金髪の従者に、その主たる女は手にした書面の字面を追いながら愉快そうに目を細める。

「でしょうね。現在の帝国三大公爵家にはあえて鼎の均衡を崩そうとする者はいないけれど、それは誰かが斃れることを阻止することと同意ではないわ。もとより、勢力均衡を目的としてつくられた三大公爵家には、自らの権限を押し広げたいのならば潰し合う理由はあっても助け合う理由はないもの。ゆえに、聖俗五選帝侯のうち三大公爵家からも輩出可能な聖界の地位に公爵家に縁のある人間が就いていることは珍しいことではないけれど、彼らが歩調を合わせるというのはそれこそ稀有なことよ。選帝侯の中に身を置いていてすら、彼らは公爵家の為に動く。そのことを踏まえるのなら、アクィレイア家が皇帝に正面から対峙している現状において、他のふたつの家が下手に動くことはないでしょうね」

 貴女がエマヌエーレ家を率いているのでは、とでも問いたげな目の寡黙な従者に、

「人形遊びの人形は、飽きられればそれで終わり。人形で遊ぶ子どもを気にかける親はいても、子どもが遊ぶ人形を気にかける親はいないわ」

 女は持論を投げ、静かに口許の笑みを深くした。

「それに、オリヴィエーロ・エマヌエーレに職務を委任している本来の選帝侯、カジミュシェ司教ユーグ・デ・ザルシスはその立ち位置から更に容易には動けない。その出身地からアルウェルニー族に近しいと見なされがちな彼に、ウェルラミウムの蜂起を機に枢機卿長に働きかけ、背を押してもらう形でオリヴィエーロに職務を委任させたのは――オリヴィエーロの兄であり私の父とされるアルノルドの弟である――現エマヌエーレ公爵ヴァレーリオ。見え透いた足固めではあるけれど、公爵家に属する者なら当然の措置ではあるのでしょう」

 脚を組み直す女の、小振りな朱唇が炎に艶めく。

- 145 -



[] * []

bookmark
Top
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -