Chapter 5




「ヴァルーナ神教におけるファウストゥス派とカテル・マトロナ派の不和。これについて、疑問を抱いたことはあるかな?」

 響いたのは耳に心地よい穏やかな声音。ほのかに悪戯っぽい笑みが、その人の淡い藍の目に広がる。
 シルザ大司教の私室。控え目に燃える暖炉を横に置かれたふたつの椅子に、ほのかにくつろいだ雰囲気のシャグリウスと揃えた手を膝に載せて姿勢良く座るリラがいる。

「不和、ですか?」

 首を傾げるリラに、

「そう、不和」

 と、シャグリウスは頷いた。

「カテル・マトロナ派は神に不可侵性を見出し、ファウストゥス派は神に有用性を見た、と、一般には言われている。だからこその不和である、と」
「有用性、ですか?」
「砕けた言い方をすれば、カテル・マトロナ派は神を至高にして至尊の聖なる対象としてのみ捉え、ファウストゥス派は神を崇めながらもそれを秩序の構築に利用した、といったところかな」
「こうちく・・・」

 一応咀嚼して解説したらしいシャグリウスにリラが眉をしかめ、腑に落ちていないことを表明する。これにプラチナブロンドの青年は淡く微笑した。

「信じるということはね、それだけでひとつの世界を創るんだ」

 唐突な師の言葉に、リラはきょとんとして瞬きを繰り返す。心なしか俯いたシャグリウスはその視線の先でゆるく左右の指を組み、確かに笑みのかたちではあるもののその印象において微笑とは受け取れないかたちの唇に疲弊のような諦観のような何かをかすかに醸し出した。

「私たちは、生まれ落ち、そこにあるものを当たり前として育つ。反撥するも順応するも、それにはその時点で或る世界が或る形で形成されているということが前提となる。反撥するにも順応するにも、それにはまずその対象が必要だからね。そして、成長するということは、それそのまま世界の中に自分の居場所を確保するということ。そこで当たり前となっていることを受け容れるも拒否するも認めるもそれはその人によりけりだろうけど、ともあれ、多くの人が寄り集まって成立している世界において、多くの人に当たり前とされる何かが存在していることだけは、確か」

 その理由は判然としないものの久々に話をする師はやけに饒舌で、リラは口を挟むことなく流れるような玲瓏な声を聴く。

「それについている名はなんでもいい。私たちはその何かを当たり前とすることにより、秩序を、安定を、しあわせを、利益を、得る。逆に言えば、そういったものでなければ何かが万人に――そこまではいかなくとも、或る一定程度の人間に――当たり前とされることは珍しい。それが誰にとってのものであるかは別として」

 微笑をたゆたわせながら目を伏せたままのシャグリウスは、組んだ脚の上に組んだ指を載せる。

「正しいとされるもの、間違っているとされるもの。善いとされるもの、悪いとされるもの。すべての物事における肯定と否定の線引きは、ある程度において共有される。しかし、それは基本的には或る一定の範囲でしか共有されない。一定の条件の中でしか通用しないと言い換えてもいい。いつ如何なるものにも左右されない正邪や善悪は確かに存在するのかもしれないけれど、それは極めて稀なものだ。そして、或る条件下において或るものが肯定されることにも否定されることにも、それなりの意味が在る。それがいかに不合理で蒙昧なものに思えたとしても、大概の場合は別の観点において整合性を持つ。そして、或るものに対する或る捉え方に整合性を見出す者が多ければ、彼らが構成する世界において、その判断は常識と成れる」

 青年は緩慢に首を擡げる。その動作によって青年の首筋に背中に払われていた纏められていないやわらかなプラチナブロンドが零れた。

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