Chapter 5


「我々に必要なのは、何者にも侵されぬ祈りの場」

 理の女神の純真たる婢。それを性質とするものが、オルールク騎士団を構成する修道士。

「生き延びるために何を切り捨て、何を至高とするか。それは各人各々異なるでしょう。しかし、少なくとも、ファリアスにはその大枠を同じとする者が集まってしまった。いえ、集まらざるをえなかった」

 できうる限り、他者と妥協し、状況に順応してきた。それでもなお捨てられないでいるものは、どうしてか、摩擦しか引き起こさなかった。

「我々は我々として生きることを望んでしまった。そのためには我々が我々として生きるのとのできる場所をつくりあげるしかなかった。蜃気楼にも似た約束の地。我々は、我々で在ろうとするのならば、もはやファリアスを失うわけにはいかないのです」

 長い時間を経た未来には、安息の場所が在るのかもしれない。だが、今は、他に行き場など、どこにもない。

「だからこそ」

 と、デルモッドは上品な微笑を湛えながらベルトランを見据えた。

「だからこそ、オルールク騎士団の長として、私はファリアスを護らねばなりません」

 現在に生きる者たちを。彼らが生き延びることのできる場所を、状態を。
 温和な老紳士が背負うのは、刹那にも似た、現状。
 何を以ってしても、何を切り捨てたとしても、何を傷つけるとしても。
 たとえその手段がどれだけ卑劣なものであったとしても。
 たとえその手段がどれだけ嘲弄されるようなものであったとしても。
 それでも。
 絶対に、護らねばならないから。

「存在の肯定を勝ち得る術など、我々はもとより多くは持ち合わせていませんからね」

 淡い苦笑が老紳士の口許に蕩ける。
 不利をもたらすようなものに頑なに固執することも、白い目を向けられるようなものに頑迷に執着することも、もとを辿れば存在を抹消されることへの漠然とした不安に端を発している。溶けこむことができないものを、愚かと嗤うは容易だろう。だが、それは、取りまれることと何が違うというのか。
 さくさくと降り注ぐ雪が風に流れた。

「貴殿らは清廉なる神の婢だと思っていたのだが」

 澄んだ灰色の薄闇の中、ベルトランはほのかな困惑を滲ませる。瞼を落とし微笑を浮かべるデルモッドの口許から風が白い息をさらっていった。

「清らかであるべきは祈りの徒。彼らがそう在れるよう計らうのが私の役目。私の身ひとつですべてが解決するのなら、私はいくらでもこの手を穢しますよ」

 ゆえに、贄にもなりましょう。
 晴れた空によく似た蒼が持ち上げられる瞼の下から現れる。
 雪の降り落ちる音だけがやけに耳につくその場所に佇んだまま、フィアナ騎士団団長ベルトラン・ダン・マルティンは薄く雪が降り積もる足許を凝視し、オルールク騎士団団長デルモッド・リアリは澄んだ大気に凍てつくヴォルガ河の対岸を静かに見据えていた。

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