Chapter 5
地を這い駆けるように広がる、土を舐めながらも燃え盛る深紅の炎を目の当たりにして、帝都総督エマニュエル・ガデはわずかに眉を顰めた。ティエル第三層に在る帝都総督府の窓にすら、燃え滓が強風に煽られて舞い昇り、煤けた黒を刻みつける。
ひとり窓辺に立つ総督の蒼の目が、閉ざされている城門とそれを挟んで対置されている人の群れを見下ろした。
「正気か?」
総督のその呟きが向けられた対象が何であるのかなど余人には与り知ることなどできなかったが、その呟きを耳にした誰もが受け入れるしかない事象は存在した。
「都市領を焼き払うなど」
拳が机を叩く鈍い音を掻き消すように歯軋りとともに吐き出された言葉に、その声音の主である男の友人である近衛軍帝都駐留部隊隊長エセルバート・ガートナーは、黙然と片眉を上げ、あえておどけたような表情をつくってみせた。近衛軍司令部に待機する自らの上官――近衛軍長官ロバート・べルナールの人となり知るガートナーは、この度の女帝の命についての上官の反応を、無理もないと胸中で溜息をつく。都市領とは帝都の耕地であり、また、城外には、生業のために帝都に入ることはできるが市民とは扱われないゆえに城壁内に居住することのできない者たちが住まう街が、城壁に沿うように存在する。それらを焼き払え、との命をもたらした金髪の青年は既に持ち場に戻ったのかこの場にはいない。
それがもたらす帰結は、焦土化以外の何ものでもない。
もとより肥沃とは言いがたい帝都周辺の土地、そして、切々と築かれてきた――そして今も厳然と築かれ続けてている――人々の営み。そして、城外の人間のすべてを城門内に収容できたわけでもない。帝都から離れては生き延びる術を持たぬ者たちは、逃げることすらできずに依然そこに留まり続けている。
それらを焼き払い焦土とする。
至上としなければならないものを安易には承服しかねる自らを自覚してすら、城門を破られるわけにもいかないという使命を手放すわけにもいかない。
そこから派生するべルナールの苛立ちをガートナーは汲み取る。ゆえに、どうでもいいことを取り上げるかのような口調であえてこう言った。
「だが、現状においてそれ以上に城門の前の輩を追い払うに適した手段もないだろうな。だからこそ我々を動かしたのだろう?」
所詮、持てる手段など限られていて、それゆえにできることなど数えるほどしかない。
「悩むことはない、英断だ」
それを自覚してすら目的を遂げねばならないのなら。
「我らの誇りは帝国に在らん」
失うわけにはいかないもののために失わねばならないものを、無理矢理にでも、脳裏に思い浮かべてはならない。
「すべては陛下の御為に」
だからこそ。
「今だけは、他に何も考えるな」
懊悩も罪の意識も、苦悩も逡巡も煩悶も。
その根源のすべてを、皇帝に。
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