Chapter 5


◇◆◇◆◇◆◇

 白亜の皇宮、紅の玉座。白んだ日中の陽光が日脚のごとく高い天井から燦燦と降り注ぐその場所は、思わず目を眇めてしまうほどに荘厳で眩い。
 流動する光の粒子が織り成す潔白に満たされた謁見の間。そこに満ちる色彩の中でどこか異質な漆黒が、玉座の肘置きに片腕を任せ、わずかに目を細めた。

「イングベルト・ヴァースナー?」

 小振りな朱唇が紡いだのは、この帝国に身を置くものであるのならば一度は耳にしたことがあるであろうひとつの名。

「彼の高名な傭兵隊長がお出ましだなんて、カトゥルス・アクィレイアも随分と皇帝なる輩を高く買ってくれているのね」

 どこか無邪気に、くすくすと女帝は微笑う。
 帝国ばかりか大陸全土の名を馳せる、その率いる傭兵隊でひとつの領地ができるほどの勢力――それが、イングベルト・ヴァースナーを長とするヴァースナー一門の傭兵隊。
 女帝の許にもたらされたのは、帝都城門前にイングベルト・ヴァースナー率いる一隊が布陣したという一報。どうやら彼らはアウグスト同盟に雇われていたらしい。
 ともあれ、城壁はともかく、城門が破られるのは時間の問題というわけだ。

「そうね、では私が行きましょうか」

 瞼を落とし、優雅な所作で女帝は玉座から腰を浮かせた。報を運んできた近衛兵は、それまで面を伏せ跪いていたにもかかわらず、それを聞いて思わず面を上げ唖然とした表情を女帝に向けてしまう。
 階段を下りながら、女帝はそんな近衛兵を愉快そうに見つめた。

「私とともに城門へ」

 ほのかな微笑とともに下された命に、近衛兵は承諾を表明する。
 冬に近くなるほど陽光はやわらかさを増し、大気は鋭さを増す。
そして、目に痛いほどの光が満ち溢れるその場所で、女帝の傍らに常にひっそりと控えているはずの金髪の青年の姿がその場に見当たらないことに気づいた者は誰もいなかった。

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