Chapter 5
ヴァルーナ神教ファウストゥス派が主流とされる帝国において、カテル・マトロナ派であるにもかかわらず、帝国における二大騎士団と謳われるオルールク騎士団。その騎士団を率いる者がお世辞にも仲が良いとは言えない異なる宗派の騎士団に身を置くということ。これと、様々な民族とそれ以上の思想を抱える帝国において、図らずもオルールク騎士団が果たしている事実上の役割。それらを鑑みれば、オルールク騎士団長デルモッド・リアリの行動にはそれなりの意味があることが判る。
フィアナ騎士団に身を置くその行動はオルールク騎士団にとっては長を人質に取られたに等しいが、それと同時にオルールク騎士団が帝国国教会に従うということをも表明する。
だが、それゆえに、もしもオルールク騎士団団長デルモッド・リアリがファウストゥス派の者によって害されるのなら、オルールク騎士団は帝国の西の重しという役目を果たすことを拒絶するばかりか、その強大なる力をもって帝国国教会に白刃を向けるだろう。
要するに、オルールク騎士団団長デルモッド・リアリの行動は、ファウストゥス派の総本山である帝国国教会にオルールク騎士団――ひいては帝国内に息づくカテル・マトロナ派を弾圧させない状況を生み出したのだった。
「賭けでは、あるのでしょうがね」
あえてとぼけてみせたことを見透かされていると悟り、宰相が小さく笑う。
「懸けるだけの価値を、見出しているのでしょう」
羨んでいるような困っているような、そんな声音を枢機卿長は響かせた。
不安定な灯火がゆらめいて撫でるのは、背を向けて立つ金髪の聖人と黒髪の聖人。その頭上――大聖堂の天蓋の最も高いところ――で、理の女神は天空にて膝を抱え、穏やかな眠りについている。
「ところで」
と、枢機卿長は宰相に向き直り、
「もし、教皇が存在するとしたら?」
淡々と、常と変わらぬ調子で、問いではない仮定を口にする。
「帝国国教会が、皇帝の手を借りずに、それこそ枢機卿の議決のみをもって教皇を輩出したとしたら?」
その意味することは、現在の帝国における皇帝と教皇――大仰に言うなれば、俗界と聖界――の均衡の逆転。
言葉を失う宰相に、この言葉が狂気の沙汰ではないことを見せつける揺らがない蒼の目をもって、畳み掛けるように枢機卿長は先を続ける。
「他でもない枢機卿長たるこの私がそれを画策しているとしたら?」
貴方はどう動いてくださいます?
清廉なる祈りの場。理を蒔いて迷い子を導き、救いを与え、縋ることを許す。
夜の闇にすら荘厳にあたたかく浮かび上がるその場所で。
またひとつ、何者かの意思が宙を舞う。
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