こんこん、と窓を叩く音が聞こえたので窓辺に近寄りそっと開ける。
「‥‥‥なんでおまえがここにいるんだ」
早朝、とは言ってもまだ薄い暗なかひんやりとした風とともに人影がふわりと入ってきた。
「こんな時間まで仕事なんて大変ね」
なにやら包みを抱えて床にぺたんと座った。
「今日、ってか昨夜?かな。昨夜は十五夜なんだけど、気付いてた?」
言われて窓から外を覗くとかなり傾いた丸い朱い月がぼんやりと光を放っていた。
「絳攸の屋敷で待ってたんだけどなかなか帰って来ないからさ、来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないだろーがっ!何しにきた!?それよりもどうやってきた!?」
呑気に酒の支度を始めたおまえに近寄ると座るように促された。
「綺麗なお月様に免じてそこは不問って事で。休憩がてら月見酒しましょ」
二つ杯を用意して一つ差し出されれば受け取るしかないだろう。俺も隣に、でも少し離れて腰を下ろした。
「あまり強いのは飲めんぞ」
「わかってる。‥‥‥ねえ、絳攸?」
ちびちびと口をつけていく。小さな杯はすぐに空になった。
「なんだ?」
「あんまり無理しないでね」
おまえは月をぼんやり見ながらそう言った。
「‥‥‥‥‥‥できるだけ気をつける」
自分と少女の杯に酒を足しながら答えた。
「こうやってゆっくり月を見るのも久しぶりだ」
「それが無理してる証拠でしょ」
ふふ、と少しだけ笑ったおまえに初めての感情があの月のようにぼんやりとうかんできた。
この感情に名前をつけるのは、後にしよう。
とりあえず今は感謝の気持ちだけで。
「礼を言う。ありがとな」
離れて座った分の距離をいつか縮められたらいい。
「どういたしまして」
また微かに笑ったおまえの優しさに甘えてしまった。でも今はまだ、
「たまには月見もいいもんだ」
「感謝してよね」
「さっき言っただろ」
「そーだっけ?」
もう少し、このままで。