早い冬が来て、雪の多い年だった。
降っては止み、晴れては溶け、風が吹いては固まる。その繰り返しで、はじめは柔らかだった白色は、今は見る影もなく濁った透明になった。
「燕青さん燕青さん」
「ん?どうした?」
「人って簡単に死んじゃうんですね」
「そうだな」
二人で穴を掘っていた。これは、骨と灰を埋めるための穴だ。遺体をそのまま埋めることができないのは、数が多すぎるのと、病気を広めないためだそうだ。
ちろりちろりと、白い粒が舞っている。薄灰の雲に覆われて、太陽は長いこと顔を見せてくれず、冷たい風が吹くばかりだ。地面は頑固にも凍ったままで、私の振り下ろす鍬ではほんの少ししか削れない。
「燕青さん燕青さん」
「んー?」
「お仕事はいいんですか?」
「あー……まあ、アレだ。今オレ休憩中だから」
じゃあ窓からこっちを睨んでいる静蘭さんのことは気にしなくていいんだろう。睨んでるっていうか、もう目から光線が出そうだけど。
「燕青さん燕青さん」
「どしたー?」
「なにがいけなかったんでしょうか」
「なんだろうな……きっとたくさんあるぞ」
燕青さんが振り下ろした鍬は、確実に地面を削っていく。ちらりと燕青さんを見ると、鼻と耳が真っ赤だった。きっと私も同じように赤くなっていることだろう。
山のほうから舞い降りる雪は、地面に落ちる頃にはなくなってしまっている。雪は、好きだった。寒くてどうしようもない時もあるけれど、好きだった。なのに、もう、素直に受け入れることはできない。
「燕青さん燕青さん」
「ほいほい」
「緊急事態です」
「どうした?」
ざくりと鍬を固い硬い地面に突き立てて燕青さんがこちらに歩いてきた。
「視界がぼやけます」
「ああ、そりゃおまえ」
秀麗さんに渡された(持ち歩けと命じられた)ものだろう、綺麗な手巾を取り出して、燕青さんはそれを私の目元に押し当てた。
「泣いてるからだよ」
「……だって、」
ぐずぐずと鼻をすすると、涙が余計に目から零れた。
「誰も悪くなかった。何も悪くなかった。たまたま今年で、たまたま彼らで、そんなのどうしようもなくて、」
しゃくり上げる私の涙を拭きながら、燕青さんは困ったように、それでも優しく笑った。
なにがいけなかったか。燕青さんは「たくさんある」と言った。きっとそのたくさんは全部自分のことで、茶州のせいにするつもりはないんだろう。
悲しかった。人がたくさん死んだことも、それが誰のせいでもないことも、何が悪いというわけではないことも、それでも燕青さんが自分を責めていることも、全部悲しかった。悲しくて、どうにもできない自分が悔しくて、結局誰かのためじゃなくて自分のために泣いている自分がふがいなかった。
ぽすんと、燕青さんが小さく私の頭を叩く。
「おまえは優しいこだな」
「……優しいのは燕青さんです」
影月くんも悠舜さんも秀麗さんも、みんなみんな優しくて、強い。
「ごめんなさい」
泣いて、ごめんなさい。自分勝手で、ごめんなさい。優しくなくて、ごめんなさい。弱くって、ごめんなさい。
それでも、これだけは言いたかった。
「燕青さんは、悪くないです」
「俺は、」
「燕青さんは、誰も殺してない」
「……」
かさついた手を、一度だけ強く握った。どうかちゃんと、伝わりますように。
「燕青さん燕青さん」
「うん?」
「雪がぜんぶ溶けて春になったら、たくさんお花、持ってきましょうね」
「……そうだな」
ぽすん、とまた撫でられた。燕青さんを見上げると、「ばか、見るな」と言われた。燕青さんの目元が、きらりと光った気がした。