門のところでうーん、と伸びをする。今日はお日様の機嫌が良いらしい。
「久しぶりの晴れだな」
「雨続きだったからね」
「なー」
振り返って見上げた州牧邸はここひと月でかなり使えるようになった。ここにいる月華に感謝感謝、だ。
「じゃあ行ってくるから」
「うん」
出かける前に口付けでも、と思って身を屈めればわざとか無意識か、ひょいと後ろを振り返って包みを一つ差し出してきた。
「はい、おにぎり。買い食いとか食い逃げとかしないでよね」
若干むすっとした表情で押し付けられた包みを受け取った途端ぐいぐい背中を押される。
「雨降ったら迎えに来てくれよ」
「なんで?」
「相合い傘しよーぜ」
「ば、ばか!いってらっしゃい!」
「へいへい」
それから、真っ赤な顔で手を振る月華に手を振り返す。
あー、くそっ。今日も可愛いな。
「悠舜、お昼持って来たわよ」
「ああ、月華。ありがとうございます」
「燕青はまだ帰ってきてないの?」
「ええ。今日も空振りかもしれませんねえ」
「うぎゃあ!」
「おまえらのせいで月華の昼飯食い損ねた!」
「ぎえええ!」
辺りには野太い男達の悲鳴が広がっている。
最近良く街道に出る山賊どもの悲鳴だ。朝から半日張り込んでいた甲斐があった。少しくらい八つ当たりしたって罰は当たらないだろう。出かける時に貰ったおにぎりはとっくに食べ終わってるし、腹もめちゃくちゃ減った。
ようやく大人しくなった山賊を全員縛って転がしておく。連れては帰れないので後で武官に来てもらおう。
「あ、雨‥‥‥」
「朝は晴れていたのに、にわか雨ですかねえ」
「ねー」
とことんついてない。雨まで降ってきた。慌てて近くの軒下に入ると雨足がいっそう強まった。どうやらにわか雨じゃないらしい。びしょ濡れの髪をかき上げる。
出かけ際に月華に言った台詞を思い出した。我ながら恥ずかしいことを言ったもんだ。
「悠舜、ちょっと出かけてくる。傘借してね」
「分かりました」
悠舜に新しいお茶をついでそう言うと、悪戯げな笑みが帰ってきた。
「びしょ濡れだったら今日は邸に帰っても構わないと伝えて下さいね」
誰に、とは言わない悠舜は相変わらずにこにこしている。
「行ってきます!あとありがとう!」
「はい、どういたしまして」
それから大きな傘を一つと大きめの手巾を持って城を出る。街道で張り込むと言ってたから、帰り道は多分この道で合っている。
雨はしとしとと降って、もし歩いていたらびしょ濡れのはずだ。さすがの燕青も雨宿りをしているだろう。
‥‥‥やっぱりだ。遠くの軒下で長い棍を持った燕青が壁に寄り掛かっていた。顔を上げて空を見ているのが分かる。
と、そこに女の子(多分私と同じくらい)が傘を持って燕青に近寄った。話をしている。ちりっと胸が痛んだ。
だってその女の子がすごく笑顔だったからだ。多分、
とそこまで考えて思考を止める。そんなこと考えても損なだけだ。
それから、何か燕青が胸の前で片手を振って、傘を少し傾けていた女の子は帰っていった。それを見届けてから燕青に近寄る。
「燕青、迎えに来たよ」
「月華」
「悠舜がびしょ濡れなら帰っていいって」
「お、やったな。じゃ、約束通り相合い傘して帰ろうぜ」
にかっと笑った燕青のせいで顔に血が上るのが分かった。
「あんたよく平気でそういう恥ずかしいことを‥‥‥」
長身に合わせて持ち上げると、するりとそのまま燕青が傘を握っていった。
「いーじゃんいーじゃん。俺、このために女の子の申し出断ったんだからな」
「知ってるよ」
え?と燕青が立ち止まる。
「見てたもの‥‥‥断ってくれて、嬉しかった」
自分が嫌な女になった気がして、靴を見つめるフリをする。燕青は、どう思ってるだろう。
「そっかぁ」
そっかそっか、と燕青が呟く。
「月華、顔上げて」
「え?」
反射で上げてしまうと、燕青がにかっ、と笑ってから背を丸めて、近づいた。
そして、口唇がふんわりと重なった。雨は止みそうにない。
「俺も月華が妬いてくれて嬉しい」
また笑った燕青に、私も自分の口元が緩むのが分かった。
雨の日も敵わない