月華は一人でお茶を飲んでいた。ちょうど茶碗が空になった時、近付いてくる影に気付いて席を立つ。
その顔は嬉しそうに綻んでいた。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
大きな空のカゴを背負った翔琳がにっこりと無邪気に笑う。文をやり取りしているとはいえ、実際に二人が会えるのはこうして彼が薬草やら茸やらを売りに来る時だけだ。
「うん、元気だよ。翔琳は?」
「腕を切った」
ほら、と翔琳が伸ばした腕には少しくたびれた包帯が巻かれていた。
「切ったって、大丈夫?」
「たいしたことはない。枝に引っ掛けただけだ」
そして、その手で月華の手をぎゅっと握る。
「買い出しに付き合ってくれ」
「いいよ、行こう」
月華もそのごつごつした手を握り返した。少し乾いたそれは、温かい。本人の性格そのままの手だ。
「新しい着物か?」
「え!?」
「匂いが違うぞ」
立ち止まって鼻をくんくんと動かす姿はまさしく犬だ。ぷっと吹き出す。
「ぷぷ、翔琳たら犬みたいだよ」
「なにぃ?俺は禿鷹だぞ」
「ハゲてるの?」
「ハゲてはいないが」
「じゃあただの鷹だね」
「う〜む、改名すべきか?でも親父殿はハゲていなかったしなあ‥‥‥」
年頃の男女にしてはあまりにも色気が無い会話だが、発達の遅い当人達にしてみれば満足だった。
「で、新しい着物なのか?」
「うん、大正解」
「若草色か‥‥‥うん、綺麗だ」
「春らしくていい色だよね」
にっこりと笑った月華の頭に、どこから飛んできたのか薄桃の花びらがふわりと着地した。
「あ、いや、着物もそうだが、」
それを翔琳はそっと摘んで、そっと風に流す。
「月華も綺麗だ」
美味しい物を見つけた時のように満開の笑みで歩き出した翔琳に、月華は顔を赤くしてもぞもぞと呟いた。
「よく照れないでそーいうことを‥‥‥」
「ん?本当のことだからな!」
月華は繋いだ指先が発火するんじゃないかと、本気で考えていた。
絶対に勝てない男(ひと)